記憶 1  (暇つぶしにもならないたわごと)


記憶、そう言ってしまうのは、それが思い出とか経験と呼んでしまうには余りにもアレだからだろう。

遠い当時の思いや印象とは違ってしまっているだろうその事柄を、思い出すには心苦しく経験と云うほど有難いものではないらしい。


そもそも体験などとゆうほど特別なものでもなく、それでもそのとある男のつまらない話は、聞きかじった僕でさえよくありそうなものだと感じたからだ。


そのみすぼらしい初老の男は路地裏でただぼんやりと座っているだけだった。

いかにも常軌を逸しているその男は、ネタ探しをしていた僕に大した額ではない小銭欲しさに面白くもない昔話を提供してくれた。

男の長い話を聞くには十分に暇を持て余していた僕は、その内容の陳腐さに辟易しながらも、決して上手くもなくその男の騙りに暫く付き合うこととしたのだった。


男は片田舎の商店の跡取りだったと騙り始める。

片田舎の寂れた小さな街の中では大きくもなく小さくもなく普通の店であって男自身幼い頃は普通の平凡な暮らしをしていたと記憶していると告げる。

その男の様子や今現在の趣を見て感じるところ、幼少の頃の思い出としての美化されたものであるとか、既に男が正気を失い曖昧な記憶からのものなのか僕には判断がつかなかったのだが、話の最初とゆうこともあり特に指摘などはしなかった。

その普通さとか平凡さが壊れてしまったのは、男の父親が病魔に取り付かれたことからだと男は力説した。

その辺から僕は、家族の一人が病人となってしまうことで生活やその後の家族が変わらざるおえないとゆう当たり前のことから推測し、これはありふれた話であると検討がついてしまっていた。

そう、男の話は、そんなありふれた不幸に振り回され人生を間違えてしまった男の言い訳話だったのだ。

終始男の話は脱線気味で、叔父たちとの同行の旅行先で男の父親がなくなったことによる、男の人生の分岐点などを時空列もばらばらにその時の怒りだけを交え思い出しては吐き散らすばかりであった。

要所要所の男の言うところの分岐点のせいで、いかに人生が狂ってしまったのかとか、そのときの出来事のおかげで傷つき性格まで歪んでしまったことを殊更言い訳のように聞かされ僕は、自分が呆れ顔に変わるのを禁じ得なかった。

そんな僕の態度にも変わらずに男は、ここぞとばかりに吐き出してはその曖昧な記憶にも関わらず出来事ばかりを述べ、その全てに対して男が受けるばかりで嘆くばかりで抗うことなどしなかったことを露呈した。

男がのたまうには、それこそ抗うことさえできなかったとゆうことであったのだが。




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