ある ベイグスの事情 7 (SF小説 メトロの住人)


ボートつまり小型浮遊艇は、帝国における凡庸な移動手段だ。

プラネットやリングそしてコローニーにおいてのシチズンの安価な移動手段であり馴染み深い。

莫迦でかいプラネットや整然としたリングならともかく、限られた居住区しかないコロニーではロードと呼ぶ運搬網に乗り普通は移動するものだ。

円筒状のコロニー筒の内側、底部と頭部をつなぐそれはさながら複雑に絡み合った血管網にも似ているはずなのに…。

血管を渡る物質にも似たそれをボートと呼ぶはずなのに此処では違う。

余りにも人工密度過多なこのメトロでは網は存在せず、ボートは全て居住パネル内部を潜行する。

ランダーボートではなくダイビングボートと云う訳だ。


ダークブルーのパネル表面をハーフスパイラルしながら波立たせ移動するボートに目を向けるものなどいない。

それがこのメトロでのありふれた光景だからなのだ。

移動中の視覚には位相システムの光景が流れてゆく。

歩いた時とほぼ変わらぬ目線で(実際には座っているのでやや低いのだが)道が建物が横を流れてゆく。

実際にはこの目線ならば雑多な人の群れが移り、それにぶつかり突き抜ける感じになると思うのだが、精神衛生上それはない。

コロニー内部の圧迫感を和らげるための擬似上空照光システムのように、搭乗者の精神を守るため無人の風景が広がる。

ならばいっそのことそのような擬似風景など流さなければ良いと思うのだが、ノーマルにはそれが必要で本来のハーフスパイラル状態内の狭間次元の無感覚や実際のパネル内部の浸透にも似た移動風景は宜しくなかったらしい。

故にボートに乗った時だけ得られる無人状態を今は味わっている。

そうメトロの住民にお馴染みのボート内の車窓風景だった。
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