夢の中で  1 (小説 妄想の彼方にて)


夢の中、彼に会った。

最期の時の、あの疲れきった顔ではなく出会ったばかりの頃のふてぶてしい態度で。

それは夢に過ぎなくとも、それが妄想に過ぎなくとも、その時の私は確かにこの人が好きだったと感じているようだった。


「杏子、新しい曲の調子はいいじゃないか」唐突で短い言葉。

あの見せかけの優しさとふてぶてしい態度。

その妄想にしか過ぎないであろう夢の中、やはり私は彼のことが今でも好きなのだなと私は感じていた。

それが夢でしかなくとも。


夢の中私は返す。

「でも評判なんて良くないのよ」

「評判なんて、別にいいだろ?。俺は杏子の曲が杏子と同じように好きだぜ」


あの頃の私は彼に随分と依存していたように思う。

その返事は随分と安心するものだったから。

全てを諦めかけていた私を、疲れるばかりの日常から逃げていた私のささやかな趣味を始めて褒めてくれた言葉を変わりなく返してくれたから。

それが二度とは聞けない言葉であろうと、それが妄想にしか過ぎないことが夢の中の私でさえわかっていようと。

思えば彼の言葉は、短くて辛辣でそれでいて優しかった。

今ではその優しさが彼の織り込む嘘であり、私に都合の良い勘違いであったこともわかっているはずなのに、それでも嬉しかった。


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