引き寄せられ すれ違う 定めたち 1   改訂






かつて、この大陸に乱立していた都市国家群を、帝国が併合し始めてから九百年あまりの歳月が流れていた。

常人には窺い知れぬ異力を持ち、その力によって操られる魔道人形を駆使する稀有な部族を取り込んだ帝国は、その圧倒的な武力によって加速度的に大陸の大半を支配することとなった。

しかし一方で、その長い支配の年月により停滞と退廃と云う避けられぬ病に冒された帝国は、その広すぎる己の内部に多くの問題を抱えることとなっていた。

更にその長き支配の反発とは別に、新たなる見なれぬ脅威が大陸の片隅に生まれたことに、気付くことができなかった。


そしてその脅威は知らぬ間に帝国にと入り込み、帝国を内から滅ぼそうと画策し、まさに王都を目指し始めていた。


「さて、どうしたものかね」

その一見優しげな男は、帝国の南の国境を少しばかり過ぎた街道の分かれ道で悩んでいた。

この辺りは帝国でもはずれにあたり、行き先を示すはずの導も長き年月で朽ち、文字すらも判別できなかったからだ。

二股に分かれたそれぞれの道は、曲がりくねり深く生い茂った木立に紛れ、何処に通ずるのかもそこからは判別できない。

「仕方ない…」

しばらく思案をしたあと男は、手を天に掲げ何事かを念じようとした。

「何をしてるの?冥府の都ならこっちじゃないわ、こっちは古びた祭殿があるだけだから」

不意に一方の道から一人の少女が現れ、男に声をかけてきた。

そう言った少女はしげしげと男を見つめている。

「あっ、ありがとう。余計な手間をかけずに済んで助かったよ、お嬢さん」

男がちらりと下を気にしながら少女に笑顔で礼を述べると、今度は少女を呼んでるらしき叫びが道の奥と思われる場所から聞こえた。

「ググ!早くしないと祭事に間に合わないよ、またお館様に!」

「わかったわ、イル」

呼ぶ声にそう答え、男に会釈をし少女が走り去る。

その姿が消えるのを待っていたあとで男は、顔に貼り付けた笑顔を剥がし俯いてつぶやくように囁く。

「用事はもうすんだ、大人しく戻るのだ。代わりの餌なら後でいくらでもくれてやるからな、先ずは王都に入り込むことが先決だ」

そう地面に話しかけた男は少女が走り去った道とは別の方向に、何事もなかったように再び一人歩き出した。



「黄泉の彼方に溜まりし淀みの珪泥よ 闇気に宿りし迷える珠よ 我が力を糧としその身と成し給えよ いでよ冥府の守護主 クベールの御珠よ」

ナーガ族の長であるナーガ・毘沙・リューゼの真言が、守護者グーレムを祀ったタロース祭殿の大広間に朗々と響く。

緋色と褐色の瞳を閉じた彼は濡れ羽色の法衣を纏い、多くの参列者の前で古びた祭壇に向かって手を掲げていた。

全てが石造りの寒々とした大広間には沈黙の他に遮るものもなく、祭壇は厳かに異力である魔道の輝きに包まれていった。

荘厳たる祭事の中、頭を垂れる多くの名ある者たちの中で一風変わった幼い少女が、ただひとり辺りを見回しながら寒さに震えている。

少女の名はナーガ・羅・ググと言い、リューゼの娘で若輩にも関わらずグーレムの巫女であった。

彼女は、肌寒いこの季節には薄すぎる祭事の絹装束を纏っただけであり、この先の数日に及ぶ祭殿巡りのことを考え憂鬱な気分になりそうだった。

背を向けてる父と俯いたままの他の者をいいことに彼女は、辺りを見回すことでそんな憂鬱な気分を打ち消そうとしているかのようにみえた。


「何やってんだよ羅・ググ、またお館様にお叱りを受けるよ」

少女の気配に気づいたのだろうか、隣にいた少年が薄目を開けて小声で話しかけながら少女ををつついた。

父は祭事の中断を嫌ったのだろうか、その声には淀みなくほんの僅かに肩を震わせる程度であった。

「別に構いはしないわイル、あとで父様にせいぜい真言の復唱を食事抜きでやらされる程度だから、それにこの真言じゃあクーベルの姿さえ見れないし」

少女の返事は小声で話しかけてきたリベ・イルのそれよりも響いてしまったらしかった。

その証拠に彼女の父であるリューケンの肩は震えるにとどまっていたが、頭を下げ祭事に列席している客の中にも、ちらりとだけ異質な視線を向けるのを少女は感じたからだ。


「何してるんだよ、わかってるなら他の方々のように頭を下げおとなしくしてないと」

相変わらずリベ・イルの小さな小言は続いていたが、彼女は気にもしないで視線の主を幻視しようとした。

少女が瞬膜を開き顕になった黄金の瞳に異力を込める。

感じたそれは少女と同じく異形で特異な力を持つ者だけが放つ幻視であり、その持ち主をつきとめようと彼女は考えたからだ。


「…わかったわ、イル、大人しくするから」

結局わからずじまいの彼女は、リベ・イルにそう小声で告げることとなった。

少女が異力の主を見つけることができなかったのも無理はなかった。

人は自分とは違うものを恐れ、普通はそんな力など隠すものだ。

例えそれが取るに足りない、単に異力者を見分ける程度のあやふやな力であろうと。

現にその力を色濃く備えていた彼女の先祖たちは覇権に破れたあと、皇帝の一族に服従と隷属を誓うことで迫害と粛清を避け、その存続を許されたのであったから。


大陸全土に病のように蔓延るハーデス帝国の中央、冥府と呼ばれる王都にそびえ立つ王宮の奥の広間で、若き男たちが暇を持て余し戯れに興じていた。

「ケセリカの奴は、今頃どうしてるのでしょうか?兄者」

王族の証である剃髪に、紅をさしたような唇を持つ細身の青年が問いかける。

青年は、けばけばしい装飾が刻まれた長椅子に横たわり、従下女が掲げる盆の果実を手にしたまま弄んでいる。


「今は祭事の時期であろうから、季節知らずのこことは違い、あの陰石造りの陰気な場所で震えていることだろうな蛇足の小僧は」

そう答えた大柄な男は、同じく剃られたような頭にうっすらと汗を浮かべ、豪奢な椅子に腰掛けたまま言葉をかえす。

座した男は薄絹を纏っただけの青年とは違い、王族の衣装に身を固めていた。

華美を通り越し趣味の悪さが目立つ調度品を並べたてたその広間には、湯けむりの立つ水路が通され、帝都に訪れた厳しい季節など知らぬ顔の異様とも言える暖かさに満ちていた。

大柄な男が組んでいた腕を解き、いらつくように手元の鈴を鳴らす。

慌てたように身の回りを世話する従下女が駆け込んできた。

「いかがなされましたか?ブルトリカ殿下」

すぐさま男の前に控えた女は、心なしか身体を震わせているかのようにみえる。

「何度言えばわかるのだ、この役立たずめ。春の陽気をかもし出せとゆうのがわからぬのか」

鈴を手にしたままの男の制裁が容赦なく女の顔に鞭のように打ち込まれる。

「ぎえっ!」

呻きをあげて倒れ込んだ女は、再び控えなおる。

「申し訳ありません、直ちに」

謝罪もそこそこに呼び鈴で痛めた顔を顰めながら従下女は、広間の外へと出て行った。

「兄者は、ちと女に容赦がなさすぎるのではないのですか?」

細身の男が目を細め言葉を漏らすと、大柄な男は豪快に笑い飛ばした。

「フラム、嘘や甘言でさんざん女どもを誑かしてきた主の言葉とは思えんな」

「愚かなる女どもは、優しく上手く扱えとゆうことです。その道具の愚かさを利用するためにね。兄者のように手酷く扱って使いものにならなくなくなったら元も子もないですから」

「ではなにか?主のように散々使いまわして新しい物が手に入ったら捨てればいいと?」

「そこまでは、それに使いふるしが首を吊ろうが身を投げようが構わないですけどね、いずれにせよ女のような道具など履いて捨てるほど多いのですから。この冥府には」

「確かに主の云う通りかもな」

代わりに入ってきた従下女に汗を拭かれ冷たいものを手渡された男は、機嫌を直したかのような顔で深く頷いていた。




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10/29 改訂&補足
10/30 改訂
10/31 補足&改訂 改題
11/2 補足&改訂







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4 Comments

椿  

NoTitle

ググの始まりの物語ですね。

彼女はどうして国を出ることになったのか、それも気になりますね。

2014/11/01 (Sat) 11:16 | EDIT | REPLY |   

フラメント  

すいません

> ググの始まりの物語ですね。
>
> 彼女はどうして国を出ることになったのか、それも気になりますね。

ググの祖先で二百年程の前のお話です

2014/11/01 (Sat) 17:35 | EDIT | REPLY |   

山西 サキ  

始めまして…でしょうか?

オープニング、読ませていただきました。
とても大きな物語のようですが、ググ、彼女が主人公なのでしょうか?
始まりの予感は「面白そう!」です。
読ませていただいて、時々は感想が書き込めればと思っています。

2014/11/16 (Sun) 13:24 | EDIT | REPLY |   

フラメント  

山西 サキ さん今晩は~w

多分 はじめましては澄んでいるようなww



一応 ググは主人公の一人として考えています

巫女であるググと あとは その周りの人々の幾つかの視点から

物語を進めてゆく感じの予定であります

気まぐれゆえ 不定期更新になるとは思いますが

長い目で見守ってくださいませ


コメントありがとうございました


いちごはニガテ

2014/11/16 (Sun) 16:40 | EDIT | REPLY |   

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