体内虫 1 (改訂版 小説 よろず何でも相談社)


「沢田君、先ほどまでの申し出をどう君は思ったかね」

社長の不意の問いかけに、またもや私は言葉につまり答えられなかった。

「確かに新年早々訪れた相談者の依頼は二人共に奇妙奇天烈なもので、それぞれ本人も其の依頼内容も異なるものではあったが、彼らには興味深いことに或る共通する鍵がある、其れが何か君にはわかったかね」

おそらく油で固めているのであろう跳ね上がった口髭を撫でながら、ん?といった顔付きで更に難題を求めてくる。




「えーっと…失礼ですけど…お二方ともにヤンデいると…」

恐る恐る出た私の声はか細いものだった。

「いや、そうじゃないよ沢田君!」

裏腹な大きな声が遮った。

驚きに肩がすぼみ小柄な身体をますます縮めてしまう。

「鍵とは虫だ!」

「そう、多分に性別も職も年齢さえ違うであろう二人の示す鍵は虫と云う言葉なのだよ」

社長の声が社内の隅々に響き渡る。

そうは言っても此処はただの雑居ビルデングの一室で、社長である万事屋伊之助のほかは、秘書兼雑用係の女学校あがりの私しかいなかったのだが。

伊之助は新春とゆうこともあるのか、いつものスーツなる様相ではなく着物を着込み袂を大いに振り上げながら弁士のごとく話を続けてゆく。

「ときに沢田君、君は南米のベール峡谷に生息してると言われてる生き物のことを知っておるかね?

」唐突に始まった弁舌に、内心が出ないようにとおそるおそる顔を上げてみた。

「グエルと呼ばれている現地の昆虫のことだよ」

「はあ…」

「無学な君は知らないかもしれないが此の国にもその仲間は数種ほど発見されており、それもこの帝都周辺でのものが大半を占めているのだ」

「つまり、…それで何ですか?」

「沢田君、相変わらず君は、おなご特有の血の巡りの悪さに侵されているわけだね」

「…すいません」

こうなると社長の一方的な弁舌は止まらない。

私は相槌を適度にするあの人形のごとく振舞うことにした。

昨年の年末に我社と私の頭を悩ませた、あの摩訶不思議なからくり人形のように。

「一節では、性別による生体認識や性的反応の違いは其れにあるとも、ある論文で発表されておるのだ」

「…はあ」

「数種もの複合毒を持つ小型多足生物、胡麻脚毒蜘蛛擬きの仲間だよ、下世話に言えば体内虫と呼ばれておるものだが」

「…」


そのいかにも如何わしい学術名と、想像もつかない俗称の響きに私は、かろうじて相槌を重ねるばかりだった。

「最初のあの色黒の軍人の話の中に潜んでいたものは、まさしくその珍妙なる虫の性態の描写に他ならないわけだ」

何度も繰り返される虫と云う言葉が私にとって蜘蛛には当てはまらず、更に擬きとつくことで思うようなイマージュも浮かばなかった。

社長の弁舌が続くなかそんなことを考えつつも、いつしか先ほどの異様な目つきの薄汚れた軍服を纏った男の話を私は思い出していた。

それは私にとっては想像もつかない嘔吐すら覚えるほどの醜悪なる話だった。

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