新流譚  巻の一  (小説 遷都物語 外伝)

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Byフラメント

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薄雲を纏っただけの淫らな月が、滑らかなる山裾をねっとりと這いのぼる。

一人の老人が小さく刳りぬいた明り取りからじっとその有様を見つめていた。

こんな時刻に不意に訪れた無粋な客とはいえ、老人は待たせたまま背を向け長いあいだ黙り込みを続けている。

無粋な訪問者は二人。

地味で質素な身なりの老人と比べ都からの使者であった二人は、狭く古ぼけた館には似合わないほど場違いな装いであった。

少々、長旅の疲れで薄汚れてはいたのであったのだが。

苛立ちを交えながら年配と見受けられる男が老人に再び問う。

「帝の要請なのですぞ、御仁。返答やいかに」

そうした間もう一人の若者は物珍しげなのであろうか、はたまた退屈のあまりか辺りをただ見回すばかりであった。

「先ほどから申したとおり…承知できかねますな」

振り向きもせず老人はゆったりと繰り返し、赤く染まった月を眺め続けている。

「なんと無礼な、ご威光を何と心得る。何もお願いなどではござらぬ勅命であるのだぞ、返答如何では力尽くも辞さぬ故お覚悟のほどを」

打ち込むような言葉に、老人は諦めたように踵を返した。

「それじゃよ、それじゃ、勅命でもないメイに従う必要もなかろうて。それにワシはもう役目も勤めも、疾の昔に降りておるわけじゃから」

「重ね重ねの不遜な態度、勅命と帝を何と心得ておるのだ」

「帝じゃと?高き熱に伏せ続けマツリゴトもままならぬ帝が勅命などとは笑止…それにいい加減、三文芝居などよしたらどうじゃ道師、ワシには通ぜぬのをそちも知っておろう」

笑いながら老人は答を返す。

「戯言を…」

「〇ЛББ〇ЧЯ…」

それには応えず、老人は呪詛の如く囁きはじめる。

「…やはり、幾年が流れようとヌシだけは騙せぬな…」

驚くことに激高する使者の姿は、見る見るうちに溶け出して形をかえ小柄な老人の姿に象られてゆく。

面妖な事にそれすらも次第に溶け始め、もとの使いの姿にと戻っていった。

その有様をじっと見据える老人と合い方を、一方の若き使者は面白い見世物のようにただ眺めているだけだった。

夢でも覚めたのであろうか、ふいに辺りを見回した使いは若者に声をかけた。

「おい緒永、ここはいったい?それにこのご老人は?」

「末藤殿、ここは都から遠く離れた東の地、大身の川の里でございます。用件も済んだようなので今宵は失礼つかまるといたしましょう」

「そ、そうだなそういたそう」

訳もわからず答を返す末藤と呼ばれた使者。


「左様ならばこの辺りには宿もござらんで、こんなあばら家でよろしければ隣の部屋にてお休みくだされ」

老人は優しげに物申す。

「では遠慮なくさせていただきます。えぇっと…」

にっこりと笑い緒永なる若者は即答した。

「ワシは弥彦と申す。水弥彦と」

「かたじけない水殿、では」

緒永は末藤をせきたてながら部屋を出る。

その姿を興味深げに水弥彦と名乗る老人は見送っていた。


不思議な事に隣の部屋には、質素ではあったがちゃんと二人分の床が既に用意されていた。

寝支度をしながら、末藤はまだ緒永に話を続けていた。

「なあ、人麻呂。おぼろげではあるがメイではたしか、都落ちをし雲隠れしている四聖獣とやらの一人を探し出し連れてくるように申し使わされたのだが、探し人の相談に道教導師の知り合いとやらの屋敷に出向いた辺りからはっきりと思い出せないのだ。屋敷の主人に助力を取り決めたところまでは思い出せるのだが…」

「道理で達磨どのが、いつもと違う感じを受けたわけですね」

「どういう事だ?」

「ここまでの道のりの間、妙に威圧的で更に古めかしいことばかり喋っておられましたよ」

「『死に損ないの竜のヤツめ』とかね。」

「それは何となく覚えている。わしの口を他の者が使っているような感じだった」

「私めも思い出しました。古い書簡に書かれていた魔人ミナヤヒコのことを」

「遷都に暗躍した怪人物で、様々な怪術を使い多くの災いを平静京にて齎したと」

「では、あのご老人が?そのミナヤヒコとでも?」驚いたように末藤は聞き返す。

「たぶんそうでしょう、不確かではありますが、名と年回りも同じようですからね」


『よくそんな事を知っておるのお若いの、それはまさしく誠の事じゃて』

不意に水弥彦の声が二人に響く。

まるで目の前に居るかのようにである。

あまりの驚きに互いに目を合わせたまま、暫しの間声も出せずに二人は黙り込んでしまった。



人物紹介


 水弥彦_みなやひこ

都より遠く離れた東の果て 大身川の里に住む老人

四奇四尾の一人 暗奇として
四奇を従えている

あらゆる禁呪と邪法の使い手
 

 緒永人麻呂_おながひとまろ

都よりの使い

四神獣の一対  赤鶏王 三叉

三種の力を重ね持つ 武神


 末次達磨_すえつぐだるま

 都よりの使いの一人 文官である人麻呂の同僚


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