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「これでもう天空の守護も終わりじゃ、これからは永劫に昼と夜がめぐることじゃろう」

「そうじゃなソリス、世界は安定し混沌に舞い戻ることもなかろう」

二人の老人が席を立ち右手の扉から消え去った。


「テンポスの云うとおり、わが海原も満ち満ちて…」

「…大地も変わりなく恵むと云う事だ」

また二人立ち上がり左手の扉へと向かう。

「マーリス様もフラメント様もゆかれてしまうのですか?」

部屋の隅で立っていた若者が声を上げる。


「そうわたしたちの役目は終わったのよ。恵みより生まれ出るものたちは育み、やがて恵みにと戻ることでしょう、わたしたちの手助けなどなくとも」

そう言い残しい唯一の女性も奥の扉にと消えゆく。

「アモレ様まで…」


「…そう嘆くでない、名も無きものよ。何れまた違う形で会うこともあるだろう、主がこの世界を見守り続ける限りな」

「アーク様…」

最後に席を立った男を見送り、ただひとり取り残された若者は部屋の中央に浮かび輝く不思議な輝石を、問いかけるようにいつまでも見つめるばかりだった。



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かつて、光と闇は相反する世界の象徴であった。

創造以来、拮抗した二つの力は譲り合うこともなく永遠の争いを続けていた。

あるとき、始まりの真理について解明をなした初代闇の帝王は、創造主<輝石>を手に入れるため選りすぐった配下の者たちを世界各地へと派遣した。

輝石を手中にさえすれば、均衡を崩し争いに終止符が打てると考えたのである。

ただし、その後の世界は争いのかわりに、彼の支配する絶対服従の闇の世界と言うわけなのだが。

或る者は闇の帝国の本拠、東の大陸内部を、また或る者は西方に広がる光の島々を、残りの者達も極寒の北方や灼熱の南の海へと散っていった。

その中で南西にあると伝えられていた未知の島へと旅立った者がいた。

名はアーク卿、闇の大司祭である。




 <創世連詩 初章>


世界の始まりの前 

光なき広大な虚空は 混沌に満ちていた

あるとき 

蠢くばかりの混沌より 

一粒の輝石がふいに生まれ落ちる

永劫の長きあいだ 

輝石は混沌を漂っていたが 

やがて 

幾多もの輝く広大なるものを生み出しはじめ

 最後にその内のある一つの場所に安住する事となる


輝石はそこに 

更に新しき世界を創造し眠りついた

それからのち新世界は 

刻々と無限の時を刻みだしてゆく

自らの力によって


輝石の創りし世界は長き時の間

光と闇の二つのモノにと分かれていった


それらはそれぞれ 

命あるモノ達で溢れる事となってゆく


命あるモノ達は異なるモノゆえに

互いを拒み

些細な誤解と苛立ちから

幾つもの争いが起こることとなる


やがてそれはいつしか輝石までを巻き込み

永劫の争いとなりて世界に蔓延してゆく



大いなる力の支配を巡る

果て無き

虚しき

争いへと







─ 東の大陸の西方 バランナ海 ─

帝国の最新型帆船黒龍号が、光の島々の南沖を航行している。

季節がら、バランナ海は雲ひとつなく波も穏やかで、順調な船旅が続いていた。


「司祭様、あと三日もすれば例の島が遠眼鏡で確認できますがね」

船長が舵を仕切りながら、隣に佇む大司祭に目をやった。

「島の名はカオスとゆう」司祭は問いには答えずつぶやいた。

「はぁ、そうですかい」

「我らが発祥の地、いや全ての始まりの場所だ光と闇の」大司祭は構わず続ける。

「名前や言われは知らねえですが、船乗りの間では呪いの島と呼んでおります」

「海岸は見上げるほどの屈強な岸壁で、所々見え隠れする岩に囚われ多くの仲間の船も行方不明に…」

「カオスは望まぬものを拒もうとする島だからな、呪われていると言えばそうかもしれぬ」

「上陸できなければ、お目当ての物も探しようがないねぇかと…」

「案ずるには及ばぬ、その為にワシがおるのだから。」

「では、その時は何卒おねげぇします」

「言うまでもなきこと」

さらに二人の会話は続いてゆく。


相変わらず穏やかな波の中、帆に爽やかな風を受けながら航海は順調だった。


何処からともなく飛んできた一羽の海鳥が、羽休めの為だろうかマストの上にと舞い降りた。

うつむき加減なその様子は、まるで船上の様子を見つめているかのようだ。

丸い瞳は確実に船の上の有様を映し、羽毛に包まれた鼓膜は二人の会話を高みより捕らえていた。

海鳥はひかりの島に住む魔道士の移し身のひとつだった。

永劫の時を過ごす伝説の名もなき魔道士の。


闇の司祭がちらりと視線をマストに向けたあと、何もなかったかのように声を張り上げ会話を続ける。

「ときに船長、全ての始まりの詩について聞いたことはあるだろうか?」

「司祭様、輝石がどうのこうのってヤツのことですかい?」

「左様、正確には<世界の真理についての考察と推察>と言う名の小論の事なのだが」

「太古の賢人による推論が詩の形で伝承されているアレのことだ」

「この世界、つまりわしらが住む大陸や海洋、それらを包括するワクセイとギンガについての創生の物語だ」

「ワクセイとギンガって奴は何者ですかい?」

「この世界を乗せた場所とそれらの集まりの事だ」

「はぁ」

「まぁ理解できずとも、仕方なき事なのだが…」

「序章にある混沌とは、無数の塵つまりホコリのようなモノを指し示している。」

「無数無限のギンガが存在する以前の時間 無物なる虚空には粉塵が混沌と満ち溢れていた」

「わたしが聞いた詩とは、ずいぶん毛色が違う気がするんですが」

「今の世に伝わる詩は、太古の知恵を手直ししたもので、元もとの記述から随分と抜け落ちておるからな」

「そんなものですかねぇ」

船長はよくわからないまま大司祭の話を聞き続ける。

「やがて粉塵は 互いに引き合いながら集まりだし幾つかの力と流れに代わっていった その中でひときわ大きな力の固まりたちが 多くの集団を作り出し回転をしながらそれぞれの源となっていった」

「なんだか小難しいお話で、私なんぞにはさっぱりわかりませんです」

「そうだな、こんな益体もつかない話より中で、成功した時の褒美について話す事としよう」

「できれば、私もそのほうが」

船長は顔を綻ばせ相槌をした。


話を終えないうちに大司祭は何気ないそぶりでマストを見上げ、船長には理解できない古の言葉を呟きだす。

唱えられた言葉は漆黒の炎と化し、マストの上の鳥を直撃する。

あっという間に鳥は黒い炎に包まれ、二人の目の前にと落ちてきた。

驚く船長の目の前で鳥の姿はやがて白い布のようなものへと変り、灰も残さずに消え去ってしまった。


「これはいったい?」

驚いたままの船長に闇の大司祭は問いかける。

「ところで、名無しの魔導師について聞いた事は?」

「伝説の名もなき魔導師のことですかい?」

上ずったままで船長は応える。

「そうだ、あ奴 <Nameless > とかつて呼ばれていた者のことだ」



その昔遥かなる昔、生まれて幾ばくも経たぬ大地は二つの大いなる力による争いの末に創世時のような混沌へと帰していた。

流れ続ける悠久なる時は、またも気まぐれを起こし、未熟で未明なる大地を再び世界にと齎すこととなる。

その幼き大地にも、人々と従順な小動物達と溢れるばかりの緑が湧き出し、恐る恐るに緩慢に蔓延を始めていた。

かつて神と呼ばれた創造の七賢人は既にこの世界から去っており、一人残されていた名も無き伝説の魔道士さえもその存在を新生以前の混沌の時代に帰していた。

かつての光と闇の争いは大陸の埋没と同様に消え失せ、新たなる新世界には、争いの種一つ撒かれてはいないように思われていた。

あの、

忌まわしき呪われた島が荒ぶる大海の中忽然とあらわれるまで。

そう、

そして産み落とされた双子の異神が目覚めるまで。

それは芽吹く事などなかったのだ。

心優しき人々は惑い、従順な動物達は恐怖に追いやられ、いつしか緑の大地は深く影げりだす。

天をも揺るがすほどの怒号で審判の神ベルンは告げる。『時代は向かい始めたのだ』と。

世界を凍りつかせるほどの悲鳴で創造と破壊の女神ベルナは告げる。『夜の宴が訪れたのだ』と。

そしてあの呪われた島ベルデではそれに合わせるかのように、荒ぶる神の名のもとに、邪悪な魔性たちがうら若き緑の大地へと侵攻の雄たけびをがなり立て始めたのであった。

そして多くの争いが湧き上がりそれが途絶えたあと、時は幾ばくかの静寂に世界が飽き始めた頃。




農夫であるカーロンは、いつもの様に畑仕事にと出向いていた。

雨の多い憂鬱なこの季節には珍しく空は青々と澄みわたり、漆黒の大地に若芽色の作物も健やかに顔を覗かせている。

成長を妨げるイタズラな草を抜き終わり、井戸から運んでおいた冷たい恵みを分け与え、一息つくために畑の脇の木陰に農夫はしゃがみ込んでいた。

辺りには清々しい木漏れ日がさしているばかりである。

「カーロンよ 聞こえるか?」

穏やかな風の音に交じり軽やかに声が聞こえる。

凡庸な顔で辺りを見回しても、一面に広がる緑の敷布が見えるだけであった。

「聞こえているのだな ここじゃカーロン」

声は頭上より響いていた。

見上げたカーロンの頭の先の枝に、駒鳥に似た紫の鳥がとまっている。

その小さな嘴がカーロンに向かい話しかけているようであった。

「悪しき双子が再び目覚めたのだ この世界は 始まりの時と同じく流れに逆らい始めておる 目覚めのときなのだカーロン」

鳥は囀りにも似た声で語る。

…もっともそいつは面倒であんまり気が進まないのだがねわたしゃ


最後のつぶやきは農夫には届かなかったようだ。

「お言葉ですがね小鳥さん、おいらにはあまり関係のない話のようで、だいいち、女房の奴に相談しねえと」

そう答えた農夫を嘲るように、からからと鳥が笑う。

「お主の女房とやらは どこにおると言うのじゃ?名は?カーロンよ お主はいつからそうやって芽に水を蒔き草ををむしっておるのじゃ 応えられるか?農夫カーロンよ」

カーロンは凡庸な顔をかしげ、少し考えた後喋り始めた。

「おいらは見ての通りただの農夫だから、おまけに頭がたりねえからすぐには思い出せねぇけど、言われてみれば………」

「農夫よカーロンよ もうそろそろ覚醒が終わる お主の真の姿にとな ワシは少し離れることにするぞ お主、いやオマエの怒りに触れぬようにな」

囀りのあいだ首を傾げるばかりであったカーロンの顔つきが変りはじめてゆく。

造作が変ったのではなく、力が宿りはじめたのだ。

その紅の瞳は強い光をたたえ始め、口元は皮肉に引き締まり姿勢は正され、全身がふてぶてしく別人のオーラに包まれはじめていた。

突然面を鳥へと向け、落ちていた枝で小鳥を払い落とそうとする農夫。


「…だから、気が進まなかったのさ。あたしゃ…」

枝に止まっていたはずの紫の小鳥は、若い少女の姿を象りカーロンの目の前にと降り立った。

その口元からしゃがれた老いた声を漏らしながら。


「ルノアリアン!てめぇ思い出したぜ、よくもこの俺様を、狂戦士カーロン様をたばかりやがったな?この腐れ魔女野郎!」

其処にはすでに凡庸な農夫の姿はなく、怒りに満ちた荒々らしき戦士が雄たけびを上げとびかからんばかりであった。






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このお話は 別のブログで書いていた 双子の神と ほぼ同様のものです

新作ではないので あしからず

いちごはニガテ
「俺様の剣はどこだ?鎧は?それに此処は何処でいつの時代だ?答えがなきゃルナン、てめぇの首をひっこぬくぞ!!」

カーロンは一気にまくし立てた。

「まあ落ち着けよカル、主のカラッポの頭でもわかるように順番に説明するからの」

怒れる戦士を目の前にしながら、小柄な少女は怯えることもなくしれっと応えた。

「そもそも、わしの首など引き抜いても無駄な事は百も承知じゃろ?」

「マイスィート・カルよ」

怒りに燃えるカーロンを見上げ、少女は慌てる様子もなく告げる。

「てめぇ!もう一度その呼び方をしやがったら、二度と生えてこなくなるまでその首を何千回でもひっこ抜いてくれる!」

戦士の怒りの怒号にも、少女はただ笑い声をあげるばかりだった。

「何千でも何万でもやってみるが良い、わしの首は無限に生え変わるだけじゃ」

「この化け物めが!」

「化け物はどっちじゃ?呪われし終わりなき戦士よ。主ならば、たとえ悠久なる時が潰えても永劫に血の海と死体の山を築きながら戦い続ける事じゃろう、あの忌まわしきパイオニアウォーの時のようにな」

会話に疲れたのか少女は座りなおし話を続ける。


「てめえ、答える気がねえな!」

カーロンは構わず少女にと近づき、問答無用とばかりに乱暴に髪を掴みその細首を引きむしった。

だが面妖にも、あっさりと毟り取られたはずの首は、戦士の手にぶらさがったまま何事もなかったように笑いながら喋り続ける。

「主の武器と防具は双子共の介入の時に、まさに主が神隠しに囚われた時に、次元のハザマで消え去ってしまったのじゃよ。このわしでさえ、主の身体と言霊をこの世界に戻すのが精一杯じゃった。それでも、三百年ばかりの月日を費やしたのだがの。呪われし不死身の身体ゆえ戻せたのかもしれんが」

「それじゃあなにか?俺様の相棒Sword of the Undead <亡者のつるぎ>とArmor of the Dead <死霊の鎧>はなくなっちまったのか!戦士がこんな農夫の格好でどうすると言うんだ…」

いつのまにか少女の首は戦士の手から消え、代わりに座り込んだままの少女に新しい異様な首が生えていた。

その首は先程の紫の鳥の頭を大きくした不気味なものであった。

続けて耳障りな声が嘴から漏れる。

「その農夫の着衣Clothing of fool <愚者の衣>はかつての主の鎧の半分ほどの耐久力しかないがの、対魔道は倍ほどあるのじゃ、そして加力は三倍、つまり常人の倍以上ある主の腕力なら小指で小娘の身体を引きちぎれるのだぞ」

「じゃあ、そうしてやろうか!」

「しかし主のつるぎ以上の破壊力と邪力を秘めた剣は、この世界この次元には未だ存在してはないのじゃ、代わりにとっておきの武器として足元の鎖Chain of God sealed <封神の鎖>を遣わそう、それならばあの双子神ベルン・ベルナ共に捕らえる事もできようぞ」

応える間にも鳥の顔は少女のそれに変化してゆく。

「まぁいい、てめえがそこまで言うなら嘘はないんだろう…」

少しだけ落ち着きを取り戻し狂戦士はゆっくりと応える。

「それで…此処は何処の何時だ?」

「無限の時に弄ばれる主にはあまり意味がないと思うが…」

「この地は大陸中央部に栄えるキングダム・ポリティシャン、ざっと半世紀は経っておる。双子の介入で断ち切れたパイオニアウォーの幕切れのときからな」

「ポリティシャン?あの泣き虫小僧のポルの国なのか?」

カーロンの声は驚きの色をともなって周囲に響き渡った。
ー 500年前 大陸北西部 ユグドラス高原 ー

「いかん!カーロン!布陣が崩れ始めおった!」

「ちっ!!またあの小僧か!?」

紫の魔女の声に終わりなき狂戦士が舌打ちをした。

長引く戦闘の中、押し寄せる小柄で醜いドヴェルグの群れは長い腕をかざし、手にした斧や十字鍬をやみくもに振り回しながら味方の軍列を突き崩していた。

「このぉ!チビどもがあ!!」

最前にいた狂戦士は、鬱陶しく立ちはだかる小柄な軍勢を一閃し踵を返す。

「ルナン!!ポリティシャンへの道を!!」

戦士の声に乱れ惑う争いの場に一筋の光が渡る。

その紫の輝きの筋を駆けながら、戦士は次々と血潮の飛沫を上げてゆく。

手にした邪剣を閃かせながら。

後尾に群がる敵を切り崩している内に、逃げ腰で這いずる若者の姿が垣間見えた。

「くそっ!」

群がる敵の輪の中に飛び込みその内側から次々と切り倒す戦士。

一人取り残された形の先ほどの無様な人影を、カーロンは怒りにまかせ剣の腹で打ち飛ばした。

カーロンはゆっくりと歩み寄り、倒れこみうつ伏せとなった怯え顔の横にずぶりと邪剣をつきたて屈み込む。

「おい小僧!言っておいたよなあ?大将のてめえが逃げ出しちまったら、敵の軍勢を何百も切り殺してきた俺様の苦労が消えちまうんだよ。いい加減その腹をくくらねえと、てめえの首を打ち落としてこんな徒労はやめちまうからな!」

狂戦士の証その真紅の瞳を一層血走らせ、本気の声で脅しかけるカーロン。

「ご、ごめんよ、カーロン…、お、恐ろしさに脚が震えて、脚が勝手に動いて…」

顔をあげ、ガクガクと震えながらしどろもどろに若者の答えが返ってくる。

「だったらなあ、その脚…二度と勝手な事をしねえように今すぐ俺様がぶった切ってやるぜ」

深々と突き刺さっていた剣をあっさりと引き抜き、戦士は邪悪なるその大剣を若者に打ち下ろす。

しかし、邪剣は虚しく土を抉るばかりだった。

「確かになカーロンよ、こんな軟弱な脚などポリテシャンにとっても無用の長物じゃが、王には見てくれも大切でのお、今ここで切り落とさせるわけにもいかないのじゃよ」

怯える若者を膝に乗せ、紫の着衣の少女が代わりに答えた。

「邪魔をすんじゃねえ、この腐れ魔女が!その泣き虫野郎の何処が王だ!」

再び大剣を振り翳し行き場のない紅蓮の怒りを振り回す戦士。

「わしが言うておるわけではないのは承知であろうカル。黒口の山猫の言葉は揺るぎなくそしてそれ故に真実じゃ」

「主も身に染みて知っておろう、まずはこの争いの勝ち負けが、王への長き道の導となることを」

その名を聞いたとたん大人しくなる狂戦士。


「くそっ、勝手にしやがれ!」

紫の淡い光に包まれたままの若者とその場を残して、怒りの収まらない戦士は再び争いの渦の元へと駆け出して行った。
襲いかかる無数の白い影を、紫の軌跡を残しながら赤い閃光が切り払ってゆく。

斬撃と怒号の中、無限とも思われた白い影は次々と大地に崩れ落ち次第にその数を減らしていった。

激しい攻防の合間にゆらりと姿を現す戦士の赤い影は、心なしか肩で息をし苦しげな表情に見て取れた。


「あと二、三日は持つとは思うていたのじゃが、もうそろそろ潮時かのお…」

紫の魔少女のつぶやきに、不安げに若き指導者がその顔を見つめた。


不意に辺りが暗くなり黒い闇と化した空が、横に裂け低い重い声を語りだした。

「な、なんですかあれは」

天を仰ぎ、驚きに腰を抜かす若者に少女が応える。

「ダークリンクス、あれこそが真実の代弁者じゃ」


「鳥よ、狂えしツルギはやがて血にと染まる。嘆きの赤い舞は一昼夜は続くであろう」

神のお告げとも思える荘厳な言葉が響き渡った。

「…お節介な猫じゃが、助かったわい」

「わしはともかく、此処でポリテシャンを失うわけにはいかぬからの…」

そう言った少女は、見方の軍勢に次々と撤退を指示し、傍らの若者と共に新たなる強固な紫の結界にと潜り込んだ。

「ポルよ、この中におれば安全じゃ」

「このままでもカルの奴は完璧なる最強の戦士であり大陸でも奴にかなう戦士など今はおらん、粗暴で短気で下劣ではあるがの…」

「じゃが、奴の真の姿、狂戦士としてのアレは次元が違う。避けようのない天災の如く無慈悲な神の裁きの如く、アレはこの辺り一帯を場合によってはその出現した地方全部の生きとし生けるものを、時として切り裂いて全て滅ぼしてしまうのじゃ、敵味方の区別なく善悪の区別なくな…」

「近くに居てその滅びの裁きからは逃がれることなど叶わぬ、このように違う次元にでも逃げ込まぬかぎりな」

「そんな…彼は今のままでも十分に狂戦士と呼べるほどの強さであるのに…」

ポリテシャンの声を遮るようにルナンが叫んだ。

「見るのじゃ、哀れなる狂戦士の赤い舞いを、悪夢に囚われし嘆きの姿を」


そしてそれは唐突に始まった。


「ね、姉さま…何処?」

どよめいて怒号飛び交う戦場の中、静かで哀しげな問いかけが微かに響く。

立ちすくみ俯いた戦士は深紅の嘆きのような輝きに包まれ、普段の粗暴な態度とは打って変わり、泣いている迷い子のようにさえ見て取れた。


「過度な戦いが狂戦士化を誘ってしまったようじゃな、こうなってはわしでさえも手がつけられぬ」

ルナンがつぶやく間に、戦士がゆっくりと面を上げる。

「何処?」

その問いかけに辺りを取り囲み様子を伺っていた邪悪な白い渦が飛散した。

何が起きたのかもわからぬ出来事だった。

辺りを見回すたびに戦士がつぶやくたびに、周囲の者が切り裂かれ崩れ落ちて逝く、敵見方の区別なく。

あっとゆう間に戦士の周りが静まり返るとその姿はふわりとかき消え、遥か遠くの群れ惑う敵軍の真ん中にそれは忽然と現れた。


其処から先は皆同じであった。


「此処にいるの?」

つぶやきが起きるたび戦士の周囲は虚しい沈黙にと変わってゆく。

応えるものなど一つもなく、行き場のない戸惑いと消えることのない哀しみだけを其処に残して。


「アレは遥か昔、失ってしまった最愛の存在を見出そうとしておるのじゃ、そのために周りの動くもの遮る全てを切り裂きながら探し回る。永遠に手に入らぬものを探し求める哀れな行為じゃよ」

その音もなく一方的な戦いとさも言えない残虐的な哀しき放浪は、それから一昼夜に及んだ。

あの黒い空が告げたとおりにと。

惨殺の昼夜が明けた頃には、動くもの全てが滅んだ何もない大地に、戦士がただ独り残されたままで立ちすくみ、声もあげずに泣くばかりであった。

「カル、まずは城下にでもゆこうかの」

少女が傍らの農夫にそう述べた。

「今更、城なんかに出向いてどうするんだルナン?」

農夫の答えは気が向かないものであった。

「王に謁見するのじゃよ」

「でもよ、あの小僧はとっくに死んじまってるんだろ?」

「ああそうとも、今は十八代目聖女王ポリテラーナが統治しておる」

「おんな?女王なのか?おんなが国を治めてるのか?」

「ああ、主もよく知ってる男が後ろ盾でな」

それだけ答えると少女は鳥の姿にと戻り、暮れ始めた空へと農夫を残し飛び立ってしまった。

「腐れ魔女には用などないが、よく知ってる野郎については気にはなる…仕方ねえ騙されたと思って付き合うことにするか」

そう独りつぶやいた農夫は、らしからぬ速さで暮れゆく地平線めざして矢のように駆け出した。


遥か彼方の城下町に一羽と一人がついた頃にはとっぷりと日も暮れて、町を取り囲む強固な石壁も硬く入り口の扉を閉ざしていた。

長身である彼の倍はあろうかと思われる壁を見上げた農夫は、傍らの小柄な少女に問いただす。

「この苔むした石の壁を乗り越えるのはさすがに骨が折れるんじゃねえのか?てめえみたいに羽でも生やさねえと」

「そうじゃな、主が飛べる程の羽を生やすのは時がかかりそうじゃ、新しい扉でも作ろうかの」

そう言った少女が石壁に手をあてる。

四角く紫の輝きに包まれた壁の一部が、ぽっかりと空き中へと通じる道となった。


「…猫が一匹、まあほっとけばいいじゃろう」

農夫が通るには少しばかり低いその四角い穴を、背を押し中へと促した少女は聞き取れぬ程の小声でそう呟いた。


「まずは宿にでも向かおうかの」

今度は少女が先にたって歩き出す。

城下町とゆうこともあるのだろうか、この時間に不用意に暗がりに出歩く者もなく、整備された石畳の道は閑散としていた。

「宿なんて用がねえだろう?さっさと女王に合わせろよ」

農夫が文句を言う。

「争いの最中ではないのじゃぞ、ここは大国でそれなりの準備も必要じゃ。高貴なる女性に会うには湯船にでも浸かり身なりも正さぬとな」

農夫の薄汚れた衣服をつかみ、顔をしかめて少女が応えた。

「湯船なんてまっぴらゴメンだ」

「そう言うな、これから向かうノーマンの宿では酒もたらふく呑めるのじゃぞ」

「ノーマン?あの置き去りのノーマンか?」

驚いた口調の農夫。


「そうじゃ同じように…古の神々に置き去りにされた時に呪われた男じゃよ」

「まさか、あいつが後ろ盾なのか?」

「そのような訳があるはずはなかろうて、今では気の良い宿の亭主じゃよ」

笑いながら少女は言った。

「…姿なきアサシン、不死の戦士も変わるものだぜ」

「平和が長く続いておるからの、会っておけばいずれ役立つことにもなるじゃろう」

意味ありげに農夫を見上げる少女。

「いずれねえ…」

珍しく考え込む農夫。

「主の覚醒も既におきたことじゃから…」

「まあ、なんでもいいぜ、湯船はともかく旨い酒があればな」

「ああそれは間違いはないがの酒の方はの」

もうすっかりと暗くなった石の道を喋りながら歩く二人連れを一匹の猫が無言で見送っていた。



「猊下、見張りからの連絡によりますと、鼠が二匹城下に紛れ込んできたようです」

宮廷内の枢機卿の寝室に一匹の猫がふらりと現れ、その猫とは言えないほど大型の黒い影がこう告げた。

「鳥とツルギか…」

話す猫に驚くこともなく、リンクス枢機卿が応える。

「一人は仰せ通りの姿でしたが、もうひとりは農夫のようで」

「見かけに惑わされてはならぬ、禍々しき本性は隠しきれなかったであろう」

「仰るとおりであります、もう一人の片割れから農夫とは思えぬ程の異様さを感じたとのこと」

「ご苦労、夜が明けたら陛下に謁見を求めることとする、引き続き鼠の動きに目を光らせておくのだ」

「ははー」

音もなく猫は姿を消す。

「ついに来たか…」

枢機卿は光見えぬ瞳で、何かを見つめるかのようにそう呟いた。



夜に包まれたこの時間鍵もかかってない扉を開けると、そこだけは表とは違う破廉恥な騒ぎに満ちていた。

「なかなか、いい店じゃあねえか」

酔いどれの男たちに女たちがまとわりついている。

今夜の寝床でも探そうとでもゆうのか、しきりに酒を勧めおだて上げていた。


「ノーマンはあそこじゃ」

少女の顎が指ししめた奥の方に、店の盛況さに笑みが止まらないとばかりの笑顔の親父が忙しげに動き回ってる。


テーブルの酔いつぶれた大男をつまみ上げ二人分の座席を確保した農夫は、注文変わりのつもりであろうか転がっていたマグをひょいと店の親父に向かい投げつけた。


「ご注文ですかねぇ、少々お待ちを」

矢のように飛んできた銅製のマグカップを、見もせずに難なく受け取た親父が奥から声をかける。

「ルナン、てめえもたまには付き合うか?」

「少しばかりならな、その代わり風呂には入ってもらうぞ」

横にちょこんと座り込んだ少女が応える。

「わかった、わかったそうするぜ」どうでも良い口ぶりの農夫。

「まずは、当店のお勧めのエールを一杯づつ、アッシからのおごりで」

いつの間にか隣に来ていた親父が、桶のような大きさのマグカップをどんとテーブルに置いた。

「なんじゃ小さい器じゃのお」

少女が片手で持ち上げたマグを一気に飲み干した。

「久々の来店でそりゃねぇでしょ小鳥さん、そいつぁここ百年はおんなじ大きさでさあ」

「そうだなサービスの悪い店だ、もっとでかいものを」

農夫も大声で口を合わせる。

「勘弁してくだせえ、末長く店を続けるにゃあこのくらいでねえと」

「おい!サービス分をあと十杯ほどここへ持って来い!俺のつけでいいからな!」

店の親父は奥の方の誰かにそう怒鳴ると、農夫の横の客を殴り倒しちゃっかりとそこに座り込んだ。

「ひでえ親父だな、客をどかしちまってよお」

農夫が呆れ顔で云う。


「…それで、バーサーカー今まで何処に?」

真顔の親父が低い声でそう話しかけた来た。

「腐れ魔女の奴に、たばかされてたのさ今日まで」

「…で、此処には何の用なのだ…」

親父の勘ぐるような目つきは変わらない。

「単なる顔見せじゃよ、古い付き合いのアサシンにの」

代わりに少女が応える。

「貴石の欠片が揃うなんて、始まりなんだな…」誰ともなしに親父がつぶやく。

「ノーマン!なんだって?もう一度言ってみろ!」

農夫が大声をあげる。


「そうさ、リンクスの奴がこの王国を陰ながら導いておるのじゃ」

言いにくそうに少女が小声で返事を代わりに返した。
翌朝、酒場の片隅でカーロンが早めの朝食をとっていると少女が現れた。

「相変わらず早起きじゃの」

隣の席に当然のように着いた少女が告げる。

「不死の戦士は不眠症なのさ」珍しく機嫌が良い返事が返ってきた。

「それにしても、よくも朝早くからそんなにも食べれるものじゃ」

「小鳥とは胃袋のできが違うからな、戦士は食えるときに食っとかねえと」

少女の言葉を戦士は気にすることもなく、骨付き肉にかぶりついた品のない姿のまま答えてゆく。


「親父、ワシには酒じゃ」

呆れ顔の少女は,奥へ向かって声を上げた。

「朝から呑んじまうオメエの方が驚きものだぜ」

「少食の小鳥でも喉は乾くもの」

テーブルいっぱいに並べられた樽のようなジョッキを次々と飲み干しながら少女がこたえる。

「ほざくなよ、てめえの身体がそのまま沈んじまうほど呑みやがって」

食べ物を口にしたままの戦士は、もごもごとつぶやいた。


「変わんねえな、お前たち。そうしていると、夫婦のようだぜ」

いそいそとお代わりのジョッキを運びながら親父が笑う。

「違う」「違う…」

二人同時に声を上げた。

「ただし………」

「つい先日まではそうであったが…」

「なんだって?」

少女の言葉に驚いた戦士は、口にしていたものを吹き出し素っ頓狂な声を上げてしまった。



「初めにも言ったがのお、次元のハザマにて霧散した主の肉体を呼び戻し繋ぎ合わせるのに三百年、人並みの生活に戻せるまで百年の余。それからの七十年間は、退行し眠り付いた主の言霊は目覚めることもなく成長し平凡な人生を歩むばかりじゃった」

「その間わしはずっと主のため、はじめは母として後に妻として主の世話を続けていたのじゃ。無論、寝起きは共にし昼間もむろん夜も妻としての勤めを健気に毎夜果たしていた」

「わかった!もう言うな!犬に噛まれちまったと思うことにする…」

「犬ではないぞ、わしは鳥じゃ、それに農夫であった主は意外にも優しく毎晩わしを…」

「俺が悪かった、もう言わないでくれ…」

青い顔になった戦士は、もう何も喉には通らない様子になった。

酒場の親父でもあるノーマンは二人の会話を笑いながら聞くばかりで、和やかな朝は変わりようがなく続くかと思えていた。

「ところで、お二人さん。今日の予定はどんなものだい?」

「そうじゃな、多分そろそろ女王か枢機卿よりの使いが来る頃じゃろう」

酒場の片隅にいつのまにか迷い込んだ猫をちらりと見ながら、少女は親父の言葉に応えた。

「見たこともない女王なんかに用はねえ、俺はリンクスの野郎に用がある」

気を取り直した戦士が吠える。

「見たことはあるぞカル、わしと違って主好みじゃ女王は」

「ルナン、てめえまたいい加減なことを」


「ああ、言われてみれば確かに」

親父の言葉が終わらないうちに、安酒場には似合わぬ一団が躍り込んできた。

「御仁、猊下より謁見の命がくだりました」

「うむ、数刻のち参上いたす。で、場所は?」

「宮廷内の謁見の間にて」

「承知した、連れも同伴でかまわぬじゃろうな」

「もとよりそのつもりで」

少女は呆気にとられるばかりの男たちを取り残し会話をすすめ使いの最後の言葉に頷いたあと、何か言いたげな戦士に目を向けた。




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今晩は 再掲載ではありますが 多少の手直しも加えております

全体の雰囲気が変わらぬよう 気をつけてはおりますが

未熟者ゆえ そのへんは お手柔らかにコメントをw


いちごはニガテ
一団が音もなく立ち去ったあと、業を煮やしていた戦士がまくし立て始めた。

「何なんだ、あの連中は。この俺様を差し置いて」

「まあ云うな、主はこの国では所詮新参者。しかし今一度、主がその力を示せばまた多くのものが主のことを記憶に刻むことじゃろうて、血塗られた狂戦士カーロンの名をな」

「力を示してもいいのか?宮中で」

「この国の女王は勝気で男勝りじゃからな、主のことを試すじゃろうて」

「ちったあ楽しみになってきたな、そう云う話なら」

「そうじゃ親父も一緒に参るか?久々に血が見れるかもしれないぞ」

「面白そうな見世物があるならついてくことにしますよ」

「なら、決まりじゃ支度を整えて参ることにいたそうかの」

意味ありげな少女の誘いに、酒場のオヤジも頷き答えた。



「手荷物一つもねえのに、この格好で出向くのか?」

「まさか、謁見のしたくなら、ほれこのとおり」

少女が指し示した目の前の卓の上に忽然と大きな衣装箱が現れる。


「取り敢えず湯浴みでもすることじゃ、親父、お主もな」

少女に急き立てられしぶしぶとカーロンたちは酒場から出て行った。


湯浴みを済ませ装いを新たにした一行が宿を出立しようとしたとき、見ていたかのように宮廷よりの迎えの馬車が訪れた。

無言のままの御者も繋がれている馬たちもどことなく猫めいて、馬車は音もなく宮廷への道のりをひたひたと進んでゆく。


「実に、気色の悪い乗り心地だな揺れもしてねえ」

カーロンがぼやく。

「まあ、あのリンクスの手のものじゃからな、お主たちが着ているそれと同じようなものじゃ」

「ならば貴石の力の一つなわけですね」

ノーマンが納得したかのように言葉を吐いた。


「俺さまには…そんな力などねえけどよ」

「カル、主の全てを切り裂く奇跡とも言える力の前では、我らの力など児戯のようなものじゃて」

カーロンの言葉に少女が笑う。

そうしてる間に無音の馬車はひっそりと止まり、音もなく扉が開かれた。

降り立った一行の前には古めかしくも堅牢な宮廷の硬い門戸が口を開け待っていた。






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一行は案内の者に手招かれ、謁見の広間にとはいる。

重臣たちが立ち並ぶ間を通り一段高い壇上の前まで招かれた。

「なんだ?こいつらは…」

小さな失笑が脇の方から漏れ聞こえる。しかしそれは、突然鳴り響いたファンファーレによってかき消された。

少女とアサシンがひれ伏す中、狂戦士ただひとりだけが先ほどの失笑の相手を睨みつけていた。

「これカーロン、主も跪け」少女が戦士に囁く。

「構いませぬよ、魔女様」

重厚な調べが消えたあと、忽然と壇上の席に鎮座した者の声が響いた。

「では、お言葉に甘えて」

一斉に頭を下げた人々の中一行だけが、壇上を見つめる形となった。

「彼が、我が王国の礎となった伝説の勇者なのですね」

「まあ、伝説ではそうなのですが、勇者と云うよりは…、それに無骨な者でありまして…」


「無骨?時代錯誤の無礼者だろ…」

またもや、野次の如き言葉が漏れる。

「カル!よすのじゃ!御前じゃぞ」

先ほどと同じ声に今にも飛びかかろうとした戦士を紫の壁が阻んだ。

「見ての通りの短気者で」すまなそうな少女の声。

「ルナン壁を消せ!陰口ばかりの臆病者に、ちょいとばかりお仕置きをと思っただけだ」

壁に阻まれ身動きのとれない戦士が吠える。

「ソレルも口を慎みなさい、後ほど勇者どのと手合わせの場を設けますから」

「はい、有り難きお言葉です陛下、わたくしめも少々身体がなまっておりまして」

一人の男が今度は丁重に一歩前に出て挨拶をした。

「生意気な奴だ、俺様も数百年ぶりのことだから加減なんぞできねえからよ、それでも構わねえかい女王さん」

「構いませぬ勇者よ、それにもしもの時は魔女様、立ち会っていただけますよね」

「陛下のお頼みなら無論のこと、カル、そうは言っても手加減はするのじゃぞ、普通は首を飛ばせば生えてこぬものじゃからな」

「人間相手にそこまではやらないぜ、腕の一本もおとせば身の程も知るだろうよ。だいいち腕くらいならてめえの術ですぐくっつくだろうし」

今度は男のほうが一歩踏み出そうとした。

「ソレル!それに勇者どのも続きは闘技場にてですよ、正々堂々と手合わせを願います」

男は渋々と礼をし、戦士はもったいぶって慇懃に頭を下げた。



「なかなかのところじゃねえか」カーロンが珍しく素直に声を上げた。

宮廷近くのその施設は闘技場と呼ばれるだけあって、格好な広さと周りをぐるりと囲む高い壁があり、その楕円状の広場を挟み込むように向かい合ったひな壇まで設けられていた。

向かい合ったひな壇の脇には、長剣を大地につきさした格好の巨大な戦士の彫像がそれぞれに飾られている。

「いい見世物だよなあ、こいつは」人ごとのようなカーロンの言葉。

「そうじゃな、王国中の者共に、主の名と強さを見せつけてやるが良い」無責任にも聞こえる少女の声。

「とばっちりが行かねえように女王さんはせいぜい高みに居るように言っときな」

枢機卿と女王が座する向かいのひな壇を眺めカーロンがにやりと笑う。

「ここにおる、わしの庇護で十分じゃろ」

「まあそうだな、この厚みと高さなら少々意気込んでもいいだろ?」

「そうじゃな、勢い余っても四肢ぐらいにの、頭は面倒じゃから」

他人が聞けば驚くような言葉を、さらりと少女が述べた。

「では、それがしはこちらで魔女殿と高見の見物を」

「好きにするがいいさノーマン、どうせあっとゆう間に終わっちまうからな」

「そう言わず少しは楽しませてくれ」

「全員のしちまったら、てめえとの決着をなんならつけてもいいぜ俺は」

「それは、ダメじゃ…今は」

真面目な顔つきに変わった少女。

「ああ、わかったわかった、じゃあな」

退屈そうに肩をすくめた戦士は、中央に降り立つ通路にと向かっていった。




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高い壁に囲まれたちょっとした広場に、十数人の兵士らしき若者が集まっていた。

その中にニヤついたソレルと呼ばれた男も混じっている。

説明を受け手合い用の模擬刀の束からそれぞれが選び出す。

退屈そうにカーロンは中でも一番小ぶりな剣を手にしていた。

「始め」手合いを仕切るらしき男の声が上がる。

向かいあった若者がおずおずと頭を下げる姿に、カーロンは欠伸をしながら眺めてるばかりだった。

「礼をしないか」再び声が上がる。

「はいはい」仕方なく深々と頭を下げるカーロン。

「行くぞー」

顔をあげると震える声で奇声をあげた若者が剣を振りかざして突っ込んできた。

体をかわし左手の短剣をなぎ払う。

隙だらけの脇を短剣で打ち抜かれた若ものがどおっと横に倒れ込んだ。

「駄目だ、次!」カーロンが叫ぶ。

「儀礼などいい!構わねえからどんどん来い!」

カーロンの勢いに仕切り役の男が困ったように壇上を見上げた。

「構いませぬ好きにさせなさい」

女王の声が響いた。

「で、では」

仕切り役の男は引っ込んでしまった。

「次だ次、いいからかっかって来い」

カーロンの声に次々と若者たちは向かってくるが、あるものは剣で打倒され、あるものは剣を払われ続々と倒されてゆく。

「残り四人の奴ら全員でかかってきても構わねえぜ」

四人のうちの三人が顔を見合わせてカーロンを囲む。

目で合図しあったのちに一斉に飛びかかってきたが、またもや目にも止まらぬ一閃にて三人とも打ち倒された。

最後の一人が対峙しようと向かいだしたとき、カーロンはそれを手で押しとどめ、振り返って壇上に向かって叫ぶ。

「ノーマン!退屈だろう!説明の苦手な俺に変わってこの莫迦どもにどこが駄目か教えてやってくれ、元兵士長だったよなオメエは」

「何を云うカーロンどの、それがしが小童どもを鍛えていたのは、もう五百数十年も前のこと」

「そう云うなよ、近くで見てろってことさ大トリをよ」

「なるほど、しからば」

古のアサシンはそう答えるとそのまま高い壇上から、ふわりと飛び降りた。

「大口叩くだけはある、この小僧だけは熱心に剣の重さと長さを確かめていたからな」

戦士が降り立ったアサシンに声かけた。

「そこから説明がいるのか…ぬるい世の中になったものだ」

「そうさ、そのへんのぶっ倒れてる奴らを片付けて、講釈しながらでも眺めていてくれ」

話が終わったかのを待っていたかのように、最後まで残っていたソレルが静かに歩み寄る。

立ち止まり頭を下げると、カーロンも同じく頭を下げた。

その瞬間に必殺の勢いの剣が打ち込まれた。

カーロンが首を振りなんなく剣で受け止める。

「こうでなくっちゃな、先ずは合格だ」

カーロンの言葉を待たずに、無言の剣戟が次々と打ち込まれる。

「なかなかいいぞ」

相変わらず喋ったままで、時にかわし時に払いながら剣戟を受け止めるカーロン。

「太刀筋はいいが、上品すぎるなおめえの剣は、人は切れてもオークの硬い首は取れやしないぜ」

カーロンの挑発に、剣戟の重さがました。

「やれば出来るじゃねえか、少しは相手をしてやろう」

カーロンは次々と襲いかかる刃を受け流しながら、器用にも短剣を利き手にと持ちかえた。

相変わらずの鋭い剣さばきに、体さばきが加わる。

その全てを受け流しながら、カーロンは喋り続ける。

「しかし、てめえの剣はお上品すぎる、まるであの小僧のようだぜ」

そう言ったカーロンは、ただ受け流すのをやめソレルの剣を弾き飛ばした。

突き出された剣を目の前にして、ソレルが無念そうに声を漏らす。

「参りました…」


不意に笑い出したカーロンが可笑しそうに告げる。

「そんなとこも、あの小僧と似てるな。その顔はまだ負けてねえってツラだぜ、なんならオメエの得意なやつでやってもいいぜ、仕切り直しで」

カーロンが突きつけた短剣をおろした。

「では」

ソレルがもう一度模擬刀の束に手をかけた。両方の手にそれぞれ剣を握り締めて。

「オメエもアレを使うのか?ますます小僧と一緒だな、しょうがねえから相手をしてやるよあの小僧の時と同じく何度でも」

そう言いながらカーロンも短剣を捨て、他の剣を持ち直す。束の中で一番長くて一番重い剣に。

「でやあぁぁ」吠えながら襲いかかるソレル。

上下左右に打ち込まれる剣をカーロンは受け、更に打ち込みかえす。

「それさ、その顔つきでないとな、小僧みたいに」

手を休めることもなく喋り続けるカーロン。

「小僧、小僧といったい誰のことだ貴様!」

憤怒の形相でソレルの剣が閃く。

「ほら、ここだ。ここが甘い」なんなく受け止めるカーロン。

「その太刀筋のあとはこうやって続けるんだよ」

立て続けに打ち込まれる剣のあとそう言いながらカーロンは、片方の剣を打ち払い片方を受け止めた格好で蹴りをソレルの腹部に入れた。

倒れ込んだソレルの顔の横に剣を突き立てて言い放つ。

「あの小僧とはポリテシアンの小僧さ、それに二刀流を最初に教えたのもこの俺さ」

驚いた顔で見上げたソレルは、カーロンに向かってつぶやいた。

「完敗です…今日のところは、またお願いできるでしょうかカーロンどの」

にっこりと笑いながら手を差し伸べるカーロン。

「もちろんだとも、それに、おめえは筋がいいあの泣き虫小僧よりも」

「ありがたき言葉、またお願いいたします」

「ソレルとか言ったなこれから世話になるぜ」

息を呑んで見守っていた観衆が、思い出したかのように歓声を上げ始めていた。



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─ 光の島々 本島内 静寂の森 ─


奥深い森の中、古城の一室で溜め息が響く。

「どうかなされましたか?道士様?」

「いや何でもないのだよルナン、ただあの者はやはり7thの再来だとゆうことだけさ」

「7thですか?」

「そう、全ての始まりを託された七賢神の生まれ変わりがいたんだ。六番目の冥府の番人Arcがいたのさ」

白装束の若い青年は、小鳥のような少女に優しく応えた。


「そう、かつて冥府を守護していたアークは寡黙で控えめだったけど、この時代の彼は少し違うようだね」

「と、申しますと?」

紫の少女が無邪気に問いただす。

「器となるものによってだと思うけど、闇の帝国の司祭でもある彼はずいぶん野心家みたいだ。人というものは神とは違い欲望によって行動を起こすもののようだから」

「その彼が、Arcのバイタルフォースを操るとなると、やっかいなことだ」

言葉とは裏腹に青年はのんきな顔で応える。

「恐れ入りますが、そうゆう風には聞こえないのですが」

「いや、困っているさ、煩雑で時間が掛かりそうだからね」

「貴方様に時間などは、問題にならないでしょう」

「そうだったかな」

「そうでございます」

「ルナン、覚えておくがいい、周りから見て一瞬の出来事に見えても、当人にとっては気の長くなるほどの試行錯誤の繰り返しの場合もあることを」

「結果的にはさほど時間が進まなくても、そこまでに至るには何百年も掛かるかもしれないのだよ」

「普通の生きもの相手には、百年掛かったものを三ヶ月くらいに見せかけるズルをするのさ、相手は有限で短命だからね」

「そうすれば、時間的にそれだけで澄んじゃった事になるから」

「ルナン、キミにもいずれできるようになる、ボクと一緒に永劫の時を過ごしていけばね」

「そう願いたいものです」 少女は囀りのように微笑んだ。

「そもそもボク以外の賢神たちは創生の役目を終えた時点で、それぞれの地で眠りにつきバイタルフォースも精霊の元へと還元されたはずだったけど」

「リライブされた器に集約されつつあるみたいだ」

「貴方様はお眠りにつかなかったのですね」

「ボクには彼等のように創生の役目はなくて、その後の世界をただ見守るだけが役目だから、ボクはいわゆる歴史の目なのさ」

「ボクには彼等のような特質した力などはなくて、何もないただの隠居のようなものだよ」

「そんなことはございません、今まで起こした数々の奇跡などをみていればそんなお言葉は納得がいきません」

「ははは、それでも7thの端くれだから限りあるものとは少しだけ違うのさ。それに何も持たないという事は、全てを手にするかもしれないという意味もある。永劫に存在を続けていれば、自然に身につくものなのだよ、あの輝石のようにね」

白の青年と紫の少女の会話の間も刻一刻と闇の帝国の船は、呪われた島へと近づいていくのであった。



─ 二日後 バランナ海 海上 ─


季節柄、穏かな偏南風にのって、大陸の商船DD号の航海はつづいていた。

高く上った太陽が見下ろす船の一室で二人の男が内密な話を今日も続けている。

「…そろそろだな」重く低い声が話を断ち切る。

司祭の声に船長が問いただす。

「いきなり何のことですかい?司祭様」

アーク卿の低い声の変わりに、船内に張り巡らされている通話管が鳴り響いた。

『船長!右舷前方に島を発見!例の奴です!』

「と、ゆうことだ」

アーク卿はいかにもとゆう顔つきでこたえた。


「…それにしても、はやくついちまったもんだ」

思うより早くたどり着いたことに驚きを交えて船長がつぶやいた。

「何、彷徨える魂の呻きに導かれての航海だからな」

「彷徨える魂ですかい…大海に散っていた奴らの案内なんざぞっとしますがね」

然も、恐ろしげに船長がこたえる。


「死せる魂はたとえ彷徨っていても、生を無駄に過ごしている輩どもよりは親切なモノなのだよ。彼らは実に冷ややかに控えめで、物静かで素直なのだから」

愛でるような眼差しで静かく言葉がもれる。

「また、そんな見てきた様なことを」

半分引きつった笑いで船長は司祭に問いかけてみた。


「みる?感じるがふさわしき言葉だな。現にそなたの背後にもひとり、そなたと同じ顔の男が」

ぎろりと睨んだ眼が怪しく光る。

「…怖い事は言わないでくださいな、や、奴はもうとうに海の藻屑に…」

目線をそらし震える言葉をかえす。


「魂はそなたと共にあるということだ。彷徨うてるわけではなく、そなたを守るため」

「そんな…奴を見殺したも同然なあっしに…」

船長の言葉は途中で塞がれた。

通話管の第二報めが響いたからである。


『野郎ども、緊急停止だ!碇を!!船長、これ以上はやばいようです、船底を触る岩が増えてきちまって』

『ああ、わかった。全員配置についたまま待機!おって指示を出す』

船長は鳴り響く通話管に激をとばした。

「司祭様、如何いたしましょう?」
「何、この先も導きどおり進めばよい事、海底の岩に囚われたままの嘆く魂の呻きにな」

こまる様子もなくアーク卿の言葉が淡々と部屋に流れ落ちた。


「………、彷徨えるイースレスよ我が招きに応えよ」

不聞なつぶやきの後のアークの言葉に応えるかのように、船が大きく揺れた。

「司祭様!」

「案ずるな、死せる海獣の王の単なる返答だ。かの者の導きがあれば上陸など容易いことだ」

大きく手繰り寄せられる衝撃と、船体が圧迫されるような不気味な軋みが鳴る。

不可視の巨大な何かに絡め取られた船は、碇さえも引きちぎり引きずられるように海原を進み前方の切り立った壁にとひたすらに向かう。

近づくばかりのその絶望に恐怖した船長が声を上げた。

「座礁は免れてもこのまんまじゃ、壁にあたっちまう」

「心配は無用だ、クラークの奴はマーリスの配下の頃から粗暴ではあったが…」

「それにしてもこんな勢いじゃ船がもたねえ」

絡め取るその力と勢いよく引きずられる船は、白く波を切り立たせ軋みながら進んでゆく。

アークの若干の戸惑いと船長の諦めの中、船はその姿を波に沈めることなく切り立った壁にぽっかりと空いた入口のような穴にと吸い込まれることとなった。


「所詮ボクには無理なんだ。英雄と呼ばれた父様のようになるには…」

今朝も組手の練習でアザだらけになった少年はつぶやいた。

「…そのような事では、世界の覇者にはなれませぬぞ」傍らに佇む黒衣の司祭が戒めた。

「別にかまいやしないさ、ボクには父様の血が流れてないんだ。優しかった母様の血ばかりで」

ますますいじけたように少年の愚痴は続く。

「困った事じゃのう、このままでは主の予言にも陰りが出るとゆうものじゃ」

少女とも見える紫のマントと帽子の年若い魔女が司祭に目を向け、かぶりをふった。


「やはり…」

「やはりかのう…」

二人は思い悩むようにつぶやいたあと、少年と同じく押し黙ってしまう。

小さな砦の広くもない庭に小鳥の囀りが響く。春はまだ綻び始めたばかりであった。


「お前たちの囀りのとおりかもしれんのう、気は進まぬがあやつが揃わないと大いなる定めも動き出さぬとゆうことか」小鳥のさえずりに答えるかのように魔少女がぼやいた。

「あやつは今頃、何をしているのじゃろう」

紫に染められた魔装束をひるがえし少女が黒衣の男を見やる。

「たぶん…あやつは今もその身に宿る剣を振るっているのであろう、時満ちれば何れ…此処に…」

男の応えも珍しく曖昧だった。

「あやつの輝石の力は、そなたの其のめしいた全てを見透かす瞳をも曇らすか…」

少女は窓にと再び目を向ける。

ため息ばかりついている少年を背中越しに、鳥たちに問いかけるように。





「オヤジ!酒だ!」薄汚れた鎧をまとった赤毛の騎士風の男が騒ぐ。

「赤毛の旦那、勘弁してくださいよ。いくら用心棒代の謝礼とはいえ、その旦那のために売り物がなくなっちまったら元も子もありませんぜ」酒場の店主が呆れ声で応えた。

実に人とは都合のいいもので、店での諍いを収めるため雇った男を諍いがなくなれば厄介者にする始末だった。

もっとも、雇った男があまりにも強すぎて評判になって諍いが減ってしまったことや、この男への用心棒代の代わりのただ酒が、以外にかさむことに気づいたせいもあるのだが。


「なんだって?素直に酒を出さねえと、この店のしっぽまで呑みつくし、そのあとで全てをぶっ壊しちまうぞ」乱暴な男である。

「滅相もない、それこそご勘弁を…。そ、そうだ赤毛の旦那、この先の城塞で不死身の戦士が腕試しをしてるそうで、確か…そいつを負かせばたんまりと賞金がもらえるとのことです。旦那ほどの腕前なら楽に賞金を手にできるんじゃないかと思うですが」

必死な表情の酒場の店主は、しどろもどろに聞き及んだ噂を口にした。

半分以上色をつけて。

「ん?不死身だと?このカーロン様以外で不死身なんて聞いたこともねえぞ?チンケな賞金なんて欲しくもねえが嘘つき野郎は放っておけねえ、オヤジ、詳しく話してみろ」

酒臭い息をまきながら男が迫る。

「わかりました、この先の街道を西に半日ほど行った所だそうです。それでその城塞の扉の前で『噂を聞いてやってきた たちあいを望む』と告げれば誰でも中に入れると云う話です」

理由はともかく男が話に喰いついたことに胸をなでおろしながら店主は話し始めた。

酒臭い息をさらにまきながら赤毛の男カーロンは、ふむふむとうなづくばかりであった。






天空、時空、海原、大地、誕生、冥府の六事象に縛られたこの大陸の国々は、かつての光と闇の二大支配から解き放たれ、それぞれに小さな都市国家を形成していたが、かつての創生時の六賢神は姿を消し、古びた神殿と信仰が各地に僅かに残るばかりであった。

大陸中央に広がる広大な草原地帯には、それらとは別に国家とも呼べぬ小規模な自治領が溢れ、信仰すらも過去の遺物となりそれぞれの民が勝手に営みを育むだけであった。

六賢神すなわち六事象を崇めるのも人であり、それに抗うのも人であったからである。

罪ある人々の罪なき思いは新たなる信仰を生み出し、その想いこそが新たなる時代を新たなる神を創造することに未だ気づいていなかっのだ。

かつての無名の導師が遥か昔、古き予言に残したように。





草原地方の南側、海沿いに東西に連なる古い街道を例の赤毛の騎士カーロンが疾風のごとく駆けていた。街道沿いの商人の部落から西へと向かって。


「それにしてもふざけた話だ、不死身の戦士とか騎士なんて俺様以外に居るわけがない。あの腐れ魔女に惑わされた俺様以外にな…」誰とはなしに大声でつぶやく戦士。

通る人も疎らなその古びた街道を古びて重たげな甲冑を纏い禍々しい剣らしきものを背括りつけた出で立ちで駆けてゆく。

意外とカーロンの足並みは早く、半日ほどの道のりを僅か数時間で駆け抜けようとしていたのであった。






広大なる草原地帯の南西に位置する海沿いには、大陸有数の交易港を有するレティラル自治領が栄えている。

草原地帯の各自治領への交易ばかりでなく、東西に点在する大小の都市国家にまでその取引は広がっており大陸随一の富の集まる場所でもあった。

その世界をも支配しているかのような自治領の頭首の館では、暗々たる闇の息吹が芽吹き始めていた。


「どうじゃデフルメントス、首尾は」

「万全でありますマイロード」

異様な目つきの党首の問いに、かつての豊穣の賢神フルメントの名を含む男が応えた。

「かの不死身の男とやらの処遇は任せたぞ、これで我が野望も形を整い始めるとゆうことじゃな」

「さようで」

畏まる男の伏せられた瞳も党首と同じく異様な光を放つ。いやそれ以上に禍々しく暗い色に染まっていた。

「まったくもって単純な小物だ。豊穣の神からのお告げだなどと甘言にあっさりと」

満足気な表情で男の私室から立ち去った党首を見送ったあとで、男は薄笑いを浮かべ侮蔑をはきすてる。

其のあとつぶやいていた男の顔が不意にひきしまる。

[ その通りであるぞ デフルよ まだ始まりに過ぎぬ ]

他に誰もいないはずの男の部屋に声が響いたのだった。正確には男にしか聞こえない声が。


[ われが降臨するまでには より多くの 血の裁きが必要ぞ ]
[ さよう わらわが降臨するためには 流れるほどの多くの 血の供物が必要じゃ ]

「は、はあ、承知しております、マイトゥルーロード様方」

不敵な笑みを浮かべていたはずの男の醜い顔には恐怖が浮かび、先ほどよりも深くたれた頭の下でふるふると震える言葉をもらすばかりであった。






「噂を聞いて!…って…なんだこれは?」

古びた街道を駆け抜けてきた赤毛の騎士カーロンは、さっそく城塞の前で大声を上げようとしたのだが途中で言いよどんでしまっていた。

石垣に囲まれた城塞の巨大な扉は無残に打ち破られ半分ほど焼け落ち、垣間見える内部の様子もところどころ黒煙が立ち込めている。

兵士らしき者たちが半分壊れ落ちた扉の欠片を懸命に片付けている。

しかも兵士の半数以上が負傷しているようだった。


「…こりゃあ手合わせってゆう感じじゃねえな」

立ち止まり中の様子を伺ったカーロンはそうつぶやく。


「おい、そこのやつ、腕試しならば今日は無理だ、昨夜何者かの奇襲を受けて見ての通りの有様だ引き返してくれ」立ち尽くすカーロンに気がついた兵士の一人が声をかけてきた。

「そのようだな、頑張ってそのでっかい扉を片付けするがいいさ」

するとその声に気づいた者たちが次々と声をあげる。

「なんだ、なんだ。立ち合いを求める旅の騎士か?」

「騎士と見受けられるが、騎士道に基づいて御仁は手を貸してはくれぬのか?」

「見てるなら手伝ってくれてもいいのに」

その様子に気づいたのか不平不満があがり始める。


「別に仲間って訳じゃねえからな」

そう言って踵を返したカーロンの背中に、更にようような声があがったが振り向くことはなかった。

そして肩をすくめ古びた街道に戻ろうとしたカーロンの耳に、それまでとは別の差し迫った叫びが聞こえた。

「あぶねえ!逃げろ!もう片方も崩れるぞ!」

「ん?」

思わずカーロンが振り返ると、見上げるほどもある壊れかけの分厚い扉がまさに倒れようとしていた。

その下で扉の
片割れの巨大な残骸を運び出そうとてこをかけていた兵士たちが、押しつぶされる恐怖に叫びをあげる。

「ちっ!」

逃げ遅れた何人かが下敷きになろうとした瞬間、カーロンが矢のように扉に近づいていた。

鈍い金属音が響いたあとに何編かに切り刻まれた扉が崩れ落ちてゆく。

切り刻まれたおかげかケガはありそうだが死者は居ないようだった。

「大丈夫か?今助けるぞ!」

手にしていた剣を地面に突き刺し
カーロンが、切り崩したとはいえ岩のように重い扉の破片を持ち上げてどかそうとする。

渾身を込めてはみたが、重い欠片を持ち上げるだけが精いっぱいだった。

「見てねえで手伝わねえか!仲間だろ!!」

信じられない光景に呆然としていた兵士たちがその声にはっと気を取り直し、わらわらと群がってくる。カーロンが持ち上げ支えた大きな破片を、数人がかりでやっとの思いで取り除く。

やはり逃げ遅れた兵士たちは、なんとか生きているようだった。

最後の一人が助け出されると、兵士たちがカーロンを取り囲み歓声をあげた。

「すげえなあんた、腕前も力も」

カーロンは照れたように苦笑いをするばかりだった。


「ところで、あんた名前は?」一人の兵士がカーロンに向かって問いただす。

「ああ、俺か?カーロンだ。紅蓮の刃とか不死身の騎士とか人はゆうけどな」

カーロンがそう応えると、先程までは笑い声さえ上げていた兵士たちは
凍りついたように黙り込んでしまった。


「あんた、あのカーロンなのか!?不死の…」暫しの沈黙のあと、一人がおそるおそる問いだたす。

「ああ、不死身の騎士様だ」あっさりとしたカーロンの言葉。


「多くの凄惨な戦場に纏わりつく三つの死霊達…。一つ、魂をも切り刻む驚愕の紅蓮の刄、一つ、魂のみを吸い取る恐怖の紫眼の魔女、一つ、魂すら惑わす狂気の黒き預言者…、あんたがそうなのか?」

「…俺様は別に魂なんぞ切り刻まねえよ、それにルナンのやつは魂を吸い取るかもしれねえけど、最後のリンクスの野郎だけは何考えてるのか俺様にもよくわからねえけどな。それじゃあな」

お決まりの反応になれたかのように、カーロンは再び背を向け肩をすくめながら歩きだそうとした。


「あっあんた、剣を…」

兵士のひとりが声をかけると、地面に刺されていたカーロンの剣がひとりでに抜け、歩き出した背中越しに構えた手に吸い込まれるように舞い戻った。


「なっ、なあみんな!死霊だろうがなんだろうが、カーロンさんは仲間を助けてくれたじゃねえか!そっ、それに隊長だって…」沈黙の中、誰とも言えない叫びが上がる。


「そうだな…」

一人の士官らしき男が駆け寄り、歩き去ろうとしたカーロンの前に回り込み深々と礼をした。

「失礼であった御仁、昨夜よりの奇襲明けとは言え皆疲れ果てていて根も葉もないことを…。我らが仲間をお救い頂いた礼も尽くさず追い返したとあっては我が自治領の恥、其のうちに飛び出してゆかれた隊長たちも戻りましょう。沿岸のレティラルの港の隣にあたるこの領内は珍しい食べ物や美味なる酒も豊富ゆえ、是非お礼替わりにご滞在を…」

「別に礼などいらねえが…酒かあ、そうゆうことなら世話になるかな、ただし俺は底なしだぜ」

カーロンは立ち止まりそう豪語した。

「ご心配など無用のもの」

カーロンがその気になったのがわかるとほっとしたように男は微笑んだ。

「それじゃあ、よろしくな」

カーロンを引き連れて城砦に戻る士官の姿を見受け、再び歓声が巻き起こったのだった。










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双子の神 の 始まりの物語です


いちごはにがて

「少しばかり此処を離れようかと思う」

「どのような理由じゃ?」紫眼の少女が頭巾に覆われた顔を見据える。

「一年前にあやつが漏らしていたように、南西の海原に不穏な影が立ち込め始めている…」
黒衣の男は顔を南西に向け呟いた。

「ポルはどうするのじゃ、そちの予見は?」少女は問いただす。

「この地はルナン、君に任せる…今は成就の時期には程遠く…何れこのうねりが幾つもの予見を結びつけることになるだろう」

「主もあやつもか…」

「そう、そして新たなる不穏の大渦と…」



翌朝早く旅だつ男を見送りながら少年は、少女に問いた。

「ねえ、魔女様。リンクス卿は何処へ行ってしまうの?」

「奴には奴の定めがありその下へと向かうそうじゃ。そしてポルよ、そなたにも亡くなられた英雄王とは違う定めそなただけの定めがあるのじゃ」

「ボクの定め…」

「そうじゃ、何れ時満ちたとき、この大陸に秩序を取り戻すためのな」

「じゃあまた会えるね」

「そうじゃ、我らが三つの輝石がそなたのもとに揃う日にはじゃ…」

代わり映えのない春の季節に、新しい風が吹き始めたことをルナンは密かに感じていた。





ー 一年前 大陸北西部 ユグドラス高原 ー

「いかん!カーロン!右翼の布陣が崩れ始めおった!」

「ちっ!!またあの小僧か!?」紫の魔女の声に終わりなき狂戦士が舌打ちをした。

押し寄せる小柄で醜いドヴェルグと呼ばれる魔物の群れが、長い腕を振りかざし、手にした斧や十字鍬をやみくもに振り回しながら味方の軍列を突き崩してゆく。

「このぉ!チビどもがあ!!」

最前にいた赤毛の戦士は、鬱陶しく立ちはだかる小柄な一団を一閃し踵を返す。

「ルナン!!ポリティシャンへの道を!!」

戦士の声に乱れ惑う争いの場に一筋の光が右手方向に渡る。その紫の輝きの筋を駆けながら、戦士は次々と血潮の飛沫を上げてゆく。手にした邪剣を閃かせながら。

進みゆく先に群がる魔物どもを切り崩している内に、馬も失い逃げ腰で下がりゆく若き士官の姿が垣間見えた。

「くそっ!」群がる化け物の輪の中に飛び込み内側から切り倒す。

魔物たちの死骸の中一人取り残された形の先ほどの無様な人影を、カーロンは怒りにまかせ剣の腹で打ち飛ばした。

カーロンはゆっくりと歩み寄り、倒れこみ仰向けになった怯え顔の横にずぶりと邪剣をつきたて、その顔をのぞき込む。

「おい小僧!言っておいたよなあ?大将のてめえが逃げ出しちまったら、敵の軍勢を何百も切り殺してきた俺様達の苦労が消えちまうんだよ。てめえの親父のようになれとは言わねえがいい加減その腹をくくらねえと、そのの役立たずの首を打ち落としてこんな徒労はやめちまうからな!」

狂戦士の証その真紅の瞳を一層血走らせ、本気の声で脅しかける。

「ご、ごめんよ、カーロン…、お、恐ろしさに脚が震えて、脚が勝手に動いて…」

顔をあげ、ガクガクと震えながらしどろもどろに答えが返ってくる。

「だったらなあ、その脚…二度と勝手な事をしねえように今すぐ俺様がぶった切ってやるぜ」

深々と突き刺さっていた剣をあっさりと引き抜き、戦士は邪悪なるその大剣を若者に打ち下ろす。

しかし、邪剣は虚しく土を抉るばかりだった。


「確かになカーロンよ、こんな軟弱な脚などポリテシャンにとっても無用の長物じゃが、世の王には見てくれも大切でのお、今ここで切り落とさせるわけにもいかないのじゃよ」

怯える若者を膝に乗せ、紫の着衣の少女が代わりに答えた。

「邪魔をすんじゃねえ、この腐れ魔女が!その泣き虫野郎の何処が王だ!」

再び大剣を振り翳し行き場のない紅蓮の怒りを振り回す戦士。

「わしが言うておるわけではないのは承知であろうカル。黒衣の山猫の視る先は揺るぎなくそしてそれ故に真実じゃ」

「主も身に染みて知っておろう、まずはこの争いの勝ち負けが、王への長き道の導となることを」

その名を聞いたとたん大人しくなる狂戦士。

「くそっ、勝手にしやがれ!」

紫の淡い光に包まれたままの若者とその場を残して、怒りの収まらない戦士は再び争いの最前線へと駆け出した。




自軍の本陣を取り囲む小柄なドヴェルグの群れを大概なぎ倒した狂戦士は、狂った咆哮を上げ続けるオークが大半を占める敵の主軍と対峙した。

「こいつらなら、相手にとって不足ねーな」

不敵な笑みを浮かべた狂戦士と咆哮と共に押し寄せる魔物の群れ、狂える物どおしの死闘が始まる。

大剣が野太い首を切り裂き、手にした武器を振る前に腕を切り落とし、胸当てに守られた躯体さえも切り分けてゆく。紅蓮の閃光を閃かしながら。



吹き上がるどす黒い鮮血で十数体ほどを染め上げた頃だろうか、オークの集団の中心から異様な瘴気が漂い始めた。

「ん?なんだ?」

眼球を裏返し泡を吹きながら痙攣し始める剛獣達。

「カーロン!気をつけるのじゃ!デ・ジェネレイションじゃ」ルナンの叫びが上がる。

「なんだそりゃ?」邪険を構え直し異変に備える戦士。

「退行化した[シャーク]は素早いぞ!」

叫びが消えぬうちに、剛毛が抜け落ちてのっぺりとした姿にと変わり始めた白い影が目に見えない速度で戦士に次々と襲いかかる。

大きく裂けた口の鋭いいくつもの牙が噛み千切るように狂戦士を傷つけ始める。

「こいつは防ぎきれねえぜ!なんとかならねーか?」

必死で邪剣で防ごうにも、無数の牙は閃光のような速さでカーロンを追い詰め始めていた。

「今、やっておる!次元の扉を開くから其処で立ち向かうのじゃ!」

戦いの脇に突如光りだした紫の光球にカーロンが飛び込むと、周りのものすべてが緩慢な動きに変わっていた。

襲いかかる敵の動きは速さを緩め、今度ははっきりと見えだしたのだった。

其れに合わせて大剣を振りかざす戦士。

しかし、自らの腕も鉛のように重く思うように素早く動かせない。


「これでどうしろってんだ!ルナン?」見える分だけ攻撃を交わしながら、叫び声をあげるカーロン。

「何も主が素早くなったわけではない、見え出した敵を打ち取るのは主の仕事じゃ」

「くそったれめ!」

のろのろと緩慢にしか動かない腕を、渾身の力を込めて降り出す戦士。

襲いかかる牙の軌道を察知し、交わす動作に合わせ最短最良の動きで剣を振り払う。

苛立ちが募る緩慢な紫の世界で必死の形相で戦い続けるカーロンの姿は、他のモノの目からは白い影と同じく目に見えない赤い残像となって映し出されていた。


襲いかかる無数の白い影を、紫の軌跡をともないながら赤い閃光が切り払ってゆく。

斬撃と怒号の中、無限とも思われた白い影は次々と大地に崩れ落ち次第にその数を減らしていった。

激しい攻防の合間にゆらりと姿を現す戦士の赤い影は、心なしか肩で息をし苦しげな表情に見て取れた。


「あと二、三日は持つとは思うていたのじゃが、もうそろそろ潮時かのお…」

紫の魔少女のつぶやきに、不安げに若き指導者がその顔を見つめた。


不意に辺りが暗くなり黒い闇と化した空が、横に裂け低い重い声を語りだした。

「な、なんですかあれは」天を仰ぎ、驚きに腰を抜かす若者に少女が応える。

「ダークリンクス、あれこそが真実の代弁者じゃ」

「鳥よ、狂えしツルギはやがて血にと染まる。嘆きの赤い舞は一昼夜は続くであろう」

神のお告げとも思える荘厳な言葉が響き渡った。


「…お節介な猫じゃが、助かったわい」

「わしはともかく、此処でポリテシャンを失うわけにはいかぬからの…」

そう言った少女は、見方の軍勢に次々と撤退を指示し、傍らの若者と共に新たなる強固な紫の結界にと潜り込んだ。

「ポルよ、この中におれば安全じゃ」

「このままでもカルの奴は完璧なる最強の戦士じゃ、大陸でも奴にかなう戦士など今はおらん、粗暴で短気で下劣ではあるがの…」

「じゃが、奴の真の姿、古の騎士としてのアレは次元が違う。避けようのない天災の如く無慈悲な神の裁きの如く、アレはこの辺り一帯を場合によってはその出現した地方全部の生きとし生けるものを、時として切り裂いて全て滅ぼしてしまうのだ。敵味方の区別なく善悪の区別なくな…」

「近くに居てその滅びの裁きからは逃がれることなど叶わぬ、このように違う次元にでも逃げ込まぬかぎりな」

「そんな…彼は今のままでも十分に狂戦士と呼べるほどの強さであるのに…」

ポリテシャンの声を遮るようにルナンが叫んだ。

「見るのじゃ、哀れなる狂騎士の赤い舞いを、悪夢に囚われし嘆きの姿を」




そしてそれは唐突に始まった。

「………何処に?」

どよめいて怒号飛び交う戦場の中、静かで哀しげな問いかけが微かに響く。

立ちすくみ俯いた戦士は深紅の嘆きのような輝きに包まれ、普段の粗暴な態度とは打って変わり、泣いている迷い子のようにさえ見て取れた。


「過度な戦いが失われた思い出を誘ってしまったようじゃな、こうなってはわしでさえも手がつけられぬ」

ルナンがつぶやく間に、戦士がゆっくりと面を上げる。

「………其処でありますか?」

その問いかけに辺りを取り囲み様子を伺っていた邪悪な白い渦が飛散した。

何が起きたのかもわからぬ出来事だった。

辺りを見回すたびに戦士がつぶやくたびに、周囲の者が切り裂かれ崩れ落ちて逝く、敵見方の区別なく。

あっとゆう間に戦士の周りが静まり返るとその姿はふわりとかき消え、遥か遠くの群れ惑う敵軍の真ん中にそれは忽然と現れた。


其処から先は皆同じであった。

「此処におられるのか…今…お助けに………」

つぶやきが起きるたび戦士の周囲は虚しい沈黙にと変わってゆく。

応えるものなど一つもなく、行き場のない戸惑いと消えることのない哀しみだけを其処に残して。


「アレは遥か昔、自らの手で失ってしまった最愛の主人の存在を見出そうとしておるのじゃ、そのために周りの動くもの遮る全てを切り裂きながら探し回る。もう二度と見舞う事無き主人を探し求める哀れな行為じゃよ」


その音もなく一方的な戦いとさも言えない残虐的な哀しき放浪は、それから一昼夜に及んだ。

あの黒い空が告げたとおりにと。


惨殺の昼夜が明けた頃には、動くもの全てが滅んだ何もない大地に、声もあげずに泣く戦士がただ独り立ちすくばかりであった。







城砦の壊れた門をくぐり、砦壁の隅にある建物に兵士たちと向かってゆく。

兵士たちの宿舎であろうか、粗末な長卓と椅子が無造作に並べられた広めの部屋にと招かれた。

「好きなとこに楽にして座っててくれ」

「それじゃあ遠慮なく」

外した鎧を無造作に置きカーロンが腰を掛ける。

床に投げ出された彼の鎧が重そうな音を立て、いかにも邪魔に横たわった。

「こいつは預かっておくぜ」

そう言った兵士の一人が鎧を持ち上げようとしたが見た目以上の重さであろうか、持ち上げることが叶わなかった。


「言っとくがそいつは少しばかり重たいぜ、よくわからない呪いが目一杯詰まってるらしいからな」カーロンの言葉に兵士は真っ赤な顔をしたまま頷いた。

「何やってんだよ」あとから入ってきた兵士が軽口をたたく。

「手伝ってくれ」兵士の様子に笑いながら手を貸したもうひとりも顔が赤くなるばかりだった。

「びくともしねえぜこいつは、床に括り付けられたみたいだ」


「ん?、おいっ!ふざけるのはよせ!」

見れば鎧の背が腕のようなもので床に留められているようだ。

「なんだこりゃ?」兵士の声にカーロンが声をかける。

「それに迂闊に触れるなよ、亡者の呪いで死ぬぞ」

驚いた兵士が手を止めよく見れば先ほどの腕は鎧の背に括られた奇妙な長剣で、その柄にあたるのであろう不気味な手のようなものが長い指の鋭い爪をたて床にくい込んでいた。

「おとなしくしとかねえか」

その声に爪が床から離れ剣を握りしめる柄の形にともどる。

「鎧は装着しなければどおってことねえが、つるぎの柄だけは触れないようにしたほうがいいぜ。さっき言った通りその柄は本物の亡者の手でできていて触れた者の命を吸い尽くすとびきりの呪いがかかってるからな。不死の俺様でもない限り扱えやしねえ代物だからよ」

先ほどの不気味なありようとその言葉を聞いた兵士たちが再び恐る恐る鎧に手をかけたのは、しばらく経ってからであった。


「カーロン殿の装備はなかなかのもののようですな、その呪いのつるぎもしかり遺物と見受けられる騎士風の鎧もしかり」

向かいに座った兵士長の言葉にカーロンが応える。

「鎧の方は失われた聖国の聖騎士の物だったらしいが呪いのおかげで重さと防御があがってる。勿論こいつも命を吸い続けるものみたいだとよ。ルナンの奴が削魂の呪いとか言ってたけどな」

「命を吸い取る魔剣に魂を削り取る鎧ですか………それはそうとカーロン殿は元騎士なのでは?時折みせる振る舞いが騎士ならではのものと見受けしたのでありますが」兵士長が疑問を口にする。

「この俺様が騎士だと?笑わせるなよ、そんなことは知らない」

「覚えていらっしゃらないとかではなく、知らないのでありますか」

「ああそうだ。二百年ほど前に死んでいた俺様にルナンの奴が仮初の命を勝手によこした時以来、俺様は不死の戦士でずっと過ごしてきたがその前の事は知らねえ。あいつ…ルナンの奴が言っていたのは俺様の名がカーロンで滅びた聖国の若い戦士だったと、俺様自身は死ぬ前の本当に生きていた頃のことは何一つ覚えちゃいねえけどよ。ルナンの奴が言っていたことも本当かどうかなんて知らねえとゆうことだ」

「そうなのでありますか…」

「確かに俺様は…騎士の知識もあるし馬の扱い従軍での騎士の戦い方とかも身体が覚えている感じはあるけどよ。もしかしたら元騎士だったかもしれねえが…今は戦士だ。不死の戦士カーロン様だ」

今までの幾たびかの戦場での自分の振る舞いを思い出し、カーロンは最後にこう告げたのだった。




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