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朝の宙港のロビーは閑散としたものだ。

帝国内でも五指に入る此のメトロコロニーであっても例外ではない。

無論個体別視線による情報を群体目線に変え、全ての情報を認識すれば従事する職個は多数感知され、閑散とゆう表現は当てはまらないのだが。


私は群体の一部でもあるが、同時に十三番目のオリジナルパーソナリティでもあり、NHとしての認識は閑散と云う表現が最もふさわしい。

そんな認識を個としての私は朝のラウンジスペースで展開する。

同時に入ってくる膨大な情報は明らかに昨日の朝とは違うデータを導き出してはいるが些細なもので、普段と変わらぬ朝だと云う認識は、個体別視線つまり見た目では変わらない。

そんな宙港の朝を、いつものように無意味な紅茶を飲む行為を行う事でNHとしての私を確立している。


そんな私にその男の姿は、いつもよりも大きな揺れ幅を感知させた。

平凡なるNHとしての日常を多少揺るがす展開を予測させる出来事であったのだ。






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「特別被検体…DD」

隣のボックスへと座ったその男を不躾に見つめながら私はつぶやいていた。


データの認識はしていたが、実際のそれを視覚として捉えた私は大いなる好奇心値の上昇を認識し、音声として続きを発する。

「本当に来ていたんだな此処に」


男はちらりと私を侮蔑しただけで、卓上のバーチャルコンソールを操作し始める。

物質化した器に転送されたのは、色調と匂い成分の解析からもコーヒーのようだ。

続いて浮かび上がるメールらしきものをあっさりと捨て、男は代わりにフリーペーパーをてんかいする。


情報どおりの彼なりのいつもに感銘値の向上を感知した私は、NHらしく更にとかける行動を選択した。

「ちょっといいかね、ファング君」

その言葉に彼は、じろりと視線を向け又フリーペーパーに顔を向ける。

敵対行動なのかそれなりの彼の答えなのか、その場では判断できない状況の中、あらゆるデータを導き出し推論を重ねながら私は視線を彼から離さずに状況を維持することにした。





「やれやれ…」

5セク程経過しただろうか、彼が反応を示した。


「…普通は名乗るのが常識だろ?初対面なんだから」

彼が言葉を続ける。


それを認識した私は、個別体としての自身の対応を選択することとした。

「…ああ済まなかったね、個別体としての私はトレデキムだ。そもそも個別体とは…」

「説明はいらない。プロフェッサーのデータなら持っているし…そのことは覚えている」

「…ドラゴンは忘れないだったね」

私は群体として共有する記憶層の中から正解だろうと思われるワードを導き出した。


「で、何のようだ?あんたは」

特に目を合わせることもなく応える彼に、私は最初の問い掛けの続きをすることにした。

「私はいつもこの時間に此処に訪れるのだが、同じように朝此処に来ている君に始めて会った事と、この時間帯にあえて此処に来た理由が何かあるのかと、君に問いたいのだ」

個別体としての私が認識を覚えた些細な疑問を述べてみた。


「…別に…たまたまだ」そっけなく彼が応える。


「君がこのメトロに再び生活空間を戻した2イヤと136デ前から数えれば、始めて会えたことに驚きを認識してね。無論私はそれ以前から此処に通っているわけなのだが」

「酔狂だな…だが、たまたまだ。いつもの時間よりたまたま早く目が覚めちまって、たまたま此処に早めに来ただけだ」

実にくだらないといった表情らしきものを浮かべ答えがかえる。


「偶然などはなく必然しかないと言ったのは皇帝だが、実に新鮮なこの出会いを私もそう認識する」

「やれやれ…ますますもって酔狂なやろうだ…」

「では、この新鮮な出会いに少しばかり話をしようじゃないか?」

私の言葉に肩をすくめ呆れ顔を浮かべたまま彼がこちらを向く。

これは肯定の証だなと認識した私は、彼に関するデータを補うため会話を続けることとした。



「ときに、何ゆえに、NHとしては貴重な朝の時間をこんな場所で過ごしているのかい?君は」

彼の行動データから湧き出た疑問の一つを、彼が好むであろう単刀直入さに変換し私はぶつけることとした。


「そんなものは…多分あんたとおんなじだ」

彼は相変わらず手元にばかり意識をしているようだが、質問には答えてくれるらしい。

「と云うと?」

彼の答えのなかから導き出されるだろう正解をリストアップしながらも、あえて私は更なる問いかけを続ける。

何故か個別体としての私がこの一連の会話に、NHで云うところの楽しむと云う感情が発生していると分析したためである。


「そりゃあ落ち着くからだ。あんたもそうなんだろう?ここの空気がさ」

彼の其の返答は、私自身の行動原理を分析認識するきっかけとなった。

「ごみごみと蠢くばかりのここメトロの中で、せいせいとした時間を過ごせるのは限られた場所とここぐらいしか思いつかねえけどな。俺は」


続けられた彼の言葉の中から、オリジナルでもあり私自身とも言えるあの男の言葉を導き出し始めていた。



私がね こんな場所にとどまってる原因を君は尋ねるのかね 

此処は 此の停滞空間は 思考にとっての最適な場所であるからだよ 特に君みたいなねくだらん質問を投げかけるものなど存在しないのだからね




それはLXXのとある会議の一幕での、かのプロフェッサーとしての私の言葉だったわけだが。


「落ち着く、なるほど無限の思考の構築には落ち着く環境が必要であるとゆうことか」

わかりきった推論ではあったが、改めて他人に指摘されたことによって其れを自覚し、私は自問とも言える言葉を口にしていた。




「おっかしいなあ、ファンと連絡が取れないよ…」

無駄に広い一室の大きなベッドの上で少女とも呼べる女性が、ふよふよと浮かぶライトビットをつついている。

「朝から何を騒いでいる」そんな少女にもうひとりの女性が声をかける。

「ファングの奴なら今日から休暇なのだろう?大方気をまわしたあの小姑が回線をオフにでもしてるんじゃないのか?」

支度をととのえスーツに身を包んだ女性とは違い少女は未だネグリジェのままだ。

「小姑の構築したセキュリティがあるから直接は覗けないが、記録ならあらえる。少し見てやろう」

「ごめんねビム。生身の私じゃあ全ては分析できないから」

「遠慮することはない、ステラの望みならなんでも叶えるさ」

そう言ってビムと呼ばれた女性は、その場に居ながらデータの海に沈み始めた。
暫しの沈黙のあと硬直とも捉えられる姿勢から解かれたようにビムが言葉を告げる。

「バンクに渡りだけをつけておいた。これによってあやつの所在にアクセスが可能になるだろう。では行ってくる良い休暇を」

「ありがとうビム」

そう言って部屋を出てゆく背中にステラが応える。

同じ肉体を共有する故に、感情や意思の疎通は無言でも通ずるのであるが、敢えて肉体を受け渡されたステラにとって人工同位体(バイオロイド)に意識を複製されているビムへの口頭でのやりとりは必然だった。

「さて、ファンを探すのに、この子だと荷が重いしフルモードにアップしたとしても時間が掛かりすぎよねえ」

ふよふよと浮遊するライトビットを相変わらずつつきながらステラがつぶやく。

応えるかのように浮き沈みを繰り返すライトビットを見つめながらステラは考え混んでゆく。

「此処でできないなら出来るところに頼むしかないわね…」

そう再びつぶやいたステラはとある所へとライトビットを繋ぐこととした。


数多くのアクセスルートの中から、最適なルートをいつものように選び出したライトビットが、フロートウインドウを展開する。

そこには見慣れた場所と見慣れた顔が映し出されていた。

「あれ?室長?今日から休暇ではないのですか?」

「うん、そのことでトロイ君に相談があるの。勤務中にごめんね」

そう言ってステラは話を切り出していった。






「それで結局あんたの興味は、この俺の何処にあるんだ?」

その見覚えのある何もかも見通すような眼差しで目の前の男が問いかけてくる。


「それは君もトレデキムだからだ」

私はそのワードを投げかけてみた。

「ん?俺も?ああ、十三番目と云う事か…」

「そうだ…十三番目の特別被検体コードネームDD、それが君なのだ」

「…それが?」

隠された真実を告げた私に対し、彼はあっさりとこう答えた。


「知っていたのか?」
「ああ、生まれた時に周りに居た白衣の男たちがそう呼んでいた」

私は驚いた。私の中での情報としては、生まれて直ぐにコードネームをつけられ、後にはDDとしか呼ばれていないはずだったのに。

それさえも学習プログラミングのあとは、その事実は消されていたはずであったのに。


「俺は忘れないからな。例え意味不明な音であろうと認識できない映像であろうと、音は聞こえて瞳は撮していた。それを後の強制的な詰め込み学習の知識から解明するのは当たり前のことさ」


「それが俺の能力、俺とあんたたちの能力だろ?知識を蓄え続ける怪物としての」

挑戦的なワードを淡々と話す男。

まさしく興味わく対象である。

「だが…あんたたちの因子を持つ被検体であろうが、もとの核はノーマルヒューマンで、…俺は、俺さ。ファング・ザ・DD。それが俺だ」


驚愕を打ち消すためにも、私はある話を彼にすることにした。

かの人が提唱した数字論だ。


「ファング君、君は数の持つ意味と力について知っているかね?」

「そんなのは知らないな」

彼にも知らぬことがあると知って私は若干の安心を認識し話を続けることができた。

「それぞれの数には、意味がありそれを導く力がある。I つまり”ウーヌス”には、唯一無二の変革の意味が。プラスでもマイナスでもそれまでの状態よりも飛躍のベクトルがある」

「それで?」

「II ”ドゥオ”には相乗効果により深める意味が、…相反することで減ずる場合もあるが。更にIII ”トレース”には互いに補う協調の意味が、…これにも互いに引っ張り無に帰るとゆう意味もあるのだが…。そして残念なことにはIV ”クァットゥオル”以降の数には争いの元となるマイナスの意味しかない」

「確かに多数での愚行はそれに当てはまるかもしれないな。まあせいぜい上手くものが進むのは三人くらいかもしれない、軍でのチームも三人が基本だったからな」


「これはかの人の無限とも言える統計によるものだから軍が採用したのも頷けるわけだ」

「それでその与太話がなんだってゆうんだ」

「今の話のとおり数の意味は、あとは似たようなものなのだが、XIII ”トレデキム”にはまた一つ意味が有る。唯我独尊、それはそれそのものでありそれ以外ではないとゆうことだ」


「俺は俺、あんたはあんたってゆうことか」


「そう、その独自性。私、私たちと同じその個性に興味を認識するのだよ」

「あんたたちは別として、このメトロの主であるあんたと一緒ってのは大げさすぎるぜ俺なんかにとっては」


「そんなことまで知っているのか…」

「知識としてならな。プロフェッサーの十三番目の端末個体がこのコロニーを制御するメインフレームを兼ねているなんてのはね」


再び驚愕を覚えた私は、改めて提案を掲示する。


「ならば、私と君は良い関係を構築することはできるだろうか?」

「あんたたちが云うところの俺はあんたたちから生まれたものであり、特にあんたたちに敵対したことはないんだが…勿論あんたにもそうするつもりもないがね」

「ならばこれからもこうしたひと時をのぞむのだが」

「ああ、互いに気が向けばな」

「そうゆうことだ」

そう述べて、私は会話を閉じることになった。





「それにしても、部屋着にしては些か…」

ウインド越しにステラの格好を見て男が言った。

「寝起きだからね。ともかくお願いがあるの、ファンと連絡がつかないの、なんとかならない?」

それをスルーするかのようにお願いを続ける少女。


「それは簡易端末ライトビットを用いてもだめとゆうことでしょうか?」

「そうなのよ、通信に特化してるこの子を使ってもお手上げで、それでビムが出勤前にバンクに渡りだけをつけてくれたんだけど…」

手元の浮遊する端末を見てステラはそう答えた。

「ボスが?…まあデータ収集のための面倒なクラッキングをボスがしてくれたんだったら話が早いです。先ずは奴の特定から。…モニターのチェックをそちらでもできるように展開しますよ」

「お願いねトロイ君」

そしてステラのもとに新たなフロートウインドが幾つか展開してゆく。

ファングの特定情報、移動記録、そしてこれは探索プログラムだろうか?、数個ものモニターの点滅をステラは見つめる。

「…この並行処理はさすがってとこね」

ステラは小さく呟いた。

「あー、まずは奴の個人情報ですけどみた通り相変わらずですね。ほとんどの項目がUN不明、ノーマルヒューマンにしては多過ぎる項目があるはずなのが秘匿されてる状態を物語ってますけど。犯罪歴など、無ければ項目に現れないはずですから。ネームと現住居、あとは…。移動や物資の購入など全てのデータ管理に繋がる仮のIDさえUNじゃお手上げだ」

「じゃ、無理なの?」

「いや、こんなのは仕事ではざらですよ。対処方法がないわけじゃないです。ただUN項目を外すのがあのガーディアン相手だと少々手間取る感じですが。こいつも並行して続けますけど、もっと別の観点からも試してみます」

「ガーディアン?ガーディーさん?」

聞き覚えのある名前に反応するステラ。


「そうです、昔からあいつは奴ファングに対して過保護でしたからね。この隠蔽もしばらくの間とは推測されますけど、別を試してみます」

その言葉と同時に新たな複数のウインドが更に展開を始める。


「これは?」

「単なる人探しのソフトですよ。奴の行動情報が伏せられてからの時間を推測して、そのメトロから移動してる可能性は限りなく少ないです。軍の緊急ミッションで使う万能艇でも使わない限りはですが」

「人探し程度のもので見つけることができるの?」


「個人的な身体情報や顔を入録して、犯罪者などを見つけるものですけど、バンクの紐さえ取れていれば各場所の監視カメラなどの記録にアクセスして比較探知できます。結構使えますよこれ。あとは監視マイクや多くの音声入力端末などの記録にもあたります。似たようなものですけどね」

「入力端末に記録なんて残ってるんだ」

「あまり知られてませんけど、公的なものとか大きい企業ではその個人の真偽の確認のために一時的にプールするところがあるんですよ。形はログ履歴として残ります。一定の時間が経つと容量の制限なんかの関係で順番に自動抹消されますけど」


「あっ、なにか…」

ウインド越しの男が放った言葉と同時に全てが切れて消失した。


暫しの沈黙のあと、再び最初のフロートウインドが立ち上がる。

「どうかしたの?」

「なんか、報復の反撃をくらったみたいです。確かに酷似した人物を宙港あたりでみつけたのですが、アクセスの途中で逆に探知されてLXXのメインがダウンさせられて…」


「…記録が出てきました。相手は…メトロコロニーのメインフレーム?どうやらこちらの戦略室の端末までの情報は割れてないみたいですが」

「…メトロのメインフレーム。…それならこちらでなんとかなりそうよ。…彼は偉大なる物の代理人の一人でもあるから」

「それってことは…プロフェッサーの複製体ですか」

「そうよ、どんな状況かわからないけど彼とは連絡が付くわ、メインキーをビムから受け取っているし」

「そいつはそちらでお願いします。私にとっては少しばかり手に余りそうですから」

「色々ありがとねトロイ君。それじゃ仕事が頑張って」

そう告げてステラはため息をついたあと、彼女にとっても手に余る相手への会話をはじめる事とした。



「いったいオマエたちは何をしでかしたんだ?」

唐突に叱咤とともにステラの目の前に映像が浮かび上がった。

それは並列思考を促し別次元の視界を起動したため、彼女の周囲の視覚情報を阻害することはなかったのだが。


「えっ?ビム?…パーソナル??」

一瞬混乱したステラは独白し、ようやくそれが個人通信の虚像と理解する。


「この莫迦と何をしでかしたと聞いている!。おかげでLXX(リーイクスイクス)のメインフレームがハングアップして、現在も多くのスタッフが復旧に駆けずり回っているのだぞ」

よく見ればビバームスの虚像の奥に小さいかたちでトロイの姿も見て取れた。

「ですから先程も報告したとおり…」

「私は、ステラに問いている!!」

後方の虚像が言いかけた言葉を目の前の虚像が遮った。


「実は…どうしてもファンの居所を早く知りたくて…後ろのトロイ君に協力をお願いしたの…そしたら…そうなっちゃったみたいで」

「ほおう?たかだか人探しのために組織の重要ツールを使い相手の怒りを受けたと…コロニーメトロの管理するシステムに無断介入し秘匿データにアクセスしてみたと…それがこの結果か…」

「…だけど」

「言い訳は聞かぬ!トロイの奴が上司であるお前の頼みが断れるわけがなかろう。そのような無作法なことをすれば、相手の怒りを買うことくらいお前にだったら推測できるだろう!」

「…でも、そのプログラムの仕様なんてわからないし…」

「言い訳は無用だ!これはあのお方に対するLXXの反逆とも取れる行為なのだぞ!…私は早急にこの莫迦と共にトレデキム様のもとに釈明に向かうから暫くそのオリジナルボディを借り受ける。お前は私の代わりにこのバイオロイドに移り変わり復旧の手助けでもしていろ!」

その言葉と共にステラは意識のデータ化を感じ、組織中枢部に改めた自分が存在することを感じた。



「相変わらずこんな格好で…」

ボディ交換を果たした(厳密には元の身体に封じ込められたオリジナルの意識を覚醒した)ビバームスは自らの姿を見下ろしため息をつく。

すぐさま意識を切り替え、正装に身を包み隣の部屋へと向かう。

そこにはこれまた意識の転送をすませたトロイが控えていた。

「ボートの準備は整っています」

その言葉に頷いてビバームスは足早にエレベーターへと向かいだしたのだった。




「どうかしたのか?」

会話をとめ自分に向けられていた視線が、わずかに揺らぐのを感じたファングはそう問いただした。

「よく見ているな…パーソナル、そう個別的私的事項だよ。リーイクスイクスからの正式な面会の要望だ」

「LXX?」

「そうだ、先ほどの報復についてのことだろう。このメトロのシステムへの介入に対する弁解のね。なに、大したことじゃない昨日からの別件での介入、こちらは断りもあったのだが…先ほどのリーエクスエクスからと思われるシステムデータの無断解析に少々腹が立って逆に侵入しメインへダメージを与えたものだから」

「物騒な話だな」そうファングは告げた。

「まあ、それは建前で、最近此処に越してきた美麗なトップの顔を見てみようと思い立ったからなのだが…」


「それだけのために、そんなことをしちまうあんたは物騒な奴なんだな」

「その程度で揺らぐほどやわじゃないのは、君も承知しているだろう?」

「………」沈黙での肯定をファングが示す。



「釈明の機会を頂き、感謝致します…プロフェッサー」

「その呼び方は頂けないな、私のことはトレデキムと呼びたまえ」

「訂正いたします。トレデキム様」

「私は彼の人と同類ではあるが君らの直接の上司でもなんでもない。様付は不適当と思うのだが…まあ良い」

あたふたと駆け寄り目の前の男に頭を下げ続けるよく知る二人組をファングは見ていた。


「この度はトレデキム様に対して、LXXとして敵対の意思はなく、手続き上の不備による不幸な事故と申し上げたいのですが」

「ならばシステムからの自動的返答も、事故として処理してくれると云う認識で良いのかな?」

「それで構いません」

受け答えを続ける一人が、自分の姿を見て微かに動揺したのをファングは見逃さなかった。


「ところでこんな場に俺がいて良いものだろうか?」ファングが口を挟む。

「構わないだろう。知らぬ中ではないだろうし。…それはそれとして、事件の経緯を知りたいのだが」

「では、直接の介入を行った部下から説明させます」

急に振られた後ろの男が、伏せていた顔をあげ説明を始める。

「システムへのパスは通っていたので…そのお…残留データを解析する程度のことは…了承されるかと…」

「報復される可能性は考慮できなかったのかね?君なら推測できたと思うが」

「…はい、その可能性は低確率でありましたが…直接の上司の命令と申しますか…懇願がありまして…」


「その問題の上司とやらの姿が見えないのだが…」

わざとらしくあたりを見回す男。

「ただいま呼びます!すぐにでも」

一連の茶番劇を退屈そうにファングは見守っている。


その時、男に釈明を続ける人物に変化が訪れた。

「えっ?ここは?…あっ、ファン!…じゃなくて、プロ…トレデキム様ですね」

不意に人格が変わった女性を、連れ立った男が肘で突く。

「一連の事件に対し君が命令したと言う事なのだが、どうなのかね?」

「あっはい、そうなります。ごめんなさい」

「そうか、許そう。このことは無かったこととしLXXのメイン復旧に対して私の方からも手を貸そう」

「あ…ありがとうございます。穏便なる処置に対して私からも感謝を述べます…あっ」


その言葉を告げると頭を下げた人物は、先ほどの雰囲気を取り戻していた。

「これで宜しいでしょうか?今回の出来事は互いに不幸な事ではありましたが、解決へと導いて頂き感謝致します。貴重な時間を費やして頂いたことを改めてお礼申し上げます。では、これで」

そう言って再び人格を戻したのであろう人物が去ろうとすると、目の前の男が呼び止める。

「時間があるのなら、先ほどの女性を残してはくれないかね」


「承知いたしました」

歩き始めた人物は立ち止まり振り向くと、ファングたちに向かって小走りをはじめたのであった。



「ファン、今までどうしていたの?」

小走りにかけよる人物が声をかけてくる。


「取り敢えず掛けたまえ、ステラ嬢」

立ったままの彼女に、私は同席を促した。

「あ、すいません…失礼いたします。それと…先程は寛大なる処置をあり…感謝いたします」

向かい合っている男がその様子を興味深げに見守っている。

「…面白いものが見られたなと思ってな」

意味ありげに私が彼をみるとそんな応えが返ってくる。

「私だってちゃんとするわ…たまにはだけど…」

頬を膨らます少女に対して彼は微かに微笑んでいるかのようだ。


このような空間も嫌いではない私は、年長者としてある逸話を話そうと思い立った。

「君たちの会話に水を差すわけではないが、一つ使徒としての私から『何故の訳』について話をしよう」

私の提案に少女は頷いたが、向かいの彼は無関心を装ったままだ。

だが、彼の無関心が拒絶ではないことを理解する私は、構わずに話を始める。


「創世神話と云うものを君たちは知っているかね?」

「はい、聞いております」

「…データとしては持っているみたいだな、読み取りはないが」


相変わらずのふたりの反応だが、構わずに続けよう。


「正確には創世の記録なのだが。このアルタイル銀河の帝国創世の記録の事だ」

「その昔、正確には…いや、年月など話の内容については関係が薄いのか…。その昔、隣の銀河よりある開拓団がこのアルタイルへと飛来してきた。ワープ航法とコールドスリープを併用し長き年月をかけてだ」

私の言葉に疑問を挟みたがってるようだが、質問はあがらない。

「そこで開拓団はある生命体と接触する、シーカーズと自らを呼ぶそれとの接触から記録は始まる。シーカーズは開拓団を隣接する銀河よりの来訪者と理解すると、既にそれは探査済みと興味を失い離れて行ったが一つ彼らに道しるべを示唆した。バンクに迎えと。そこに全てがあると」


「…シーカーズ」 「…」

所謂創世神話では語られぬ事実を語ると、少女からつぶやきが漏れた。


「そこで、とある教授をリーダーとする開拓団は後の帝国をなすこの星系と訪れ、この銀河の全てを内包するバンクと接触しそのリーダーである教授はバンクと融合を果たした。そこでその教授は、銀河に点在する各種現住生命体を知りその調査を始める。愛してやまぬそれらの生命体のことを」


「…それが私たちのことなのですね」 「…」

「その教授…プロフェッサーの多くの興味の中の最大の興味が、君を含む彼らだったのだ。そして、教授の一部を持つファング君が君を愛することはそう言った因子も関係している。勿論、君自身の魅力も大いにあるとは思うがね」


「…」 「…」

私の言葉に少女は顔を赤らめ、同じように黙ってしまった。


「そして、プロフェッサーから分けられた我々『使徒』も同じことが言える」

「…」 「全て…好きってわけじゃないんだが、…その傾向は…あるな。逆にあいつらになつかれるその傾向はなんなんだ?」

珍しく彼からの問いかけだ。


「それは、我々が興味を示すように彼らも外来よりの来訪者が物珍しからではないか?その思考も行動も今までのものとは違っていたからね」

「………」


「私からの話はこのくらいだ、ちなみに今回の騒動の大元は、とあるエルフィーがもたらしたものだ。どうやらファング君は、かの者に大きな興味をもたれているようだな」

「ガーディーの奴…」

「…ファンは知らなかったの?」



「ええ、彼にはいつも黙っていたから」

不意にかけられたその言葉は、新たに訪れたある者によるものだった。





「お初にお目にかかりますトレデキム様、守護者と申します。先日は無理な申し出を受けていただき感謝しております」突然現れた魅惑的な麗人がわたしに向かい頭を下げた。

「特に礼は不要だよ、高次元精神生命体でもある君の言動にこちらの次元の住人からは、今のところ手も足も出ない訳であるから、断りを入れてくれただけでもありがたいと思うしかないからね。次元の魔女とも呼ばれる、大いなる目を持つ守護者殿」言葉を吟味し選択をはかり応えてみた。

「なるほどね、事前の根回しの差ってところなんだ…」それを聞いていたステラ嬢がつぶやいた。

「まあ、いずれにしてもこいつの申し出が管理者の外部からの侵入に対する興味を引き上げたってとこだな」

「ファング、そんな言い方はないじゃない」彼のこたえに少しばかり頬を膨らませる麗人の姿はその恐ろしいまでの力を持つ者とは思えないほどの可愛らしさを私は計測していた。


「まあ、とりあえず座り給え」

「あら、でも席が…」

「席ならばすぐに」わたしは先ほどの発言を肯定するための技術を披露してみせる。

わたしたちの座っていた空間と仮想空間を次元融合させテーブルの拡張とベンチの拡張を施してみせたのだ。

「ふーん、こんなことができるなら少しばかり手が出せるようになりそうね。では失礼してファングの隣に座らせてもらおうかしら」

「お好きにどうぞ。君の推測通りこんな程度の事しか実用化はされてないのだがね。現状では君の干渉の二割程度はブロックできるとデータ上で予測している」あっさりとわたしは手の内を曝け出すことにしたのだった。


「とにかくこいつがうざいと思うなら、俺に言えばいい。俺がダメだと言えば何故かそれに従うからな。こいつは」彼が申し出る。

どうやらわたしは、彼から一目置かれたようだ。

「あんたにゃ、借りがあるからな。俺がまたこのメトロに住めるようになったのは、あんたの口添えがあったらしいじゃないか。もっともその情報はこいつが齎したものだけどよ」

彼の言葉にわたしは以前の記憶ともいえる記録にふれてみた。

彼の居住に対して受け入れを了承したのは確かにわたしだった。彼の伏せられた経歴性格行動を査定しての事ではあったのだが。

「ようは、俺のような不明で不穏な危険人物の監視を身近で行いたいとゆう事だろうけどよ。居住パネルを支える柱にはエネルギー流出事故の際の冷却装置やら防壁システムが完備されてるからな。確かにドラゴンの檻にはちょうど良い訳だ」

彼の言葉にわたしは少しばかりの驚きの感情を計測していた。

目の前の麗人の高次元の目を持ってからの事ではあろうが、私自身の記録以外に、履歴にも残されていないやり取りの正確な情報を彼がもっていることに対してのものだ。


「君たちは…凄いものだな」

「いや、半分は推測さ、俺のな」

改めて彼の持つ教授並みの推論思考能力に感心する。

やはり目の前の彼は特別だと思い、今日の出会いに感情のバロメター値が上昇してゆくのをわたしは計測し続けていたのであった。



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